「起業家が創り出す新しい未来」第9回

地球温暖化に挑む ~放射冷却素材の実用化と普及を目指して~

2025年10-11月号

末光 真大 (すえみつ まさひろ)

SPACECOOL株式会社 代表取締役CEO

近年、猛暑や酷暑が世界各地で頻発し、地球温暖化の影響は私たちの日常にますます深刻に迫っています。冷房需要の増加は電力消費を押し上げ、温室効果ガスの排出を加速させるという悪循環を生んでいます。私はこの課題に対し、新しい解決策を提供できる技術、「放射冷却素材」の研究と事業化に挑んでいます。

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組織 SPACECOOL株式会社
本社 東京都港区虎ノ門1-17-1
虎ノ門ヒルズビジネスタワー4階 ARCH内
設立 2021年4月1日
HP https://spacecool.jp/

(2025年9月現在)

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私は2012年に大阪ガス株式会社へ入社し、当初はガスセンサーの研究に従事していました。しかし「技術を社会に実装すること」に強い関心を持っていた私は、2013年から熱輻射制御技術という新たな研究分野を立ち上げる機会を得ました。京都大学・野田進教授に師事し、博士号取得に至るまで研究を続ける中で、2017年に着手したテーマが「放射冷却素材」でした。直射日光を受けても熱を宇宙へ放出することで、電力を使わずに冷却を可能にする素材です。いわゆる「放射冷却現象」を応用したもので、ゼロエネルギーで冷却できる革新性から、将来の社会実装の可能性を強く感じました。

研究が進むにつれ、この技術を社会に広めるには、既存の企業体制ではスピードが足りない、と痛感しました。新しい市場を開拓するには、世界では数億円規模の資金と数十人のチームで挑むスタートアップが主流です。大企業の中では、そのような体制を組むことは容易ではありません。そこで選んだのが、大企業から独立して事業を立ち上げる「大企業カーブアウト型スタートアップ」という形でした。
大企業からカーブアウトする形のスタートアップは国内外でも前例が少なく、大阪ガスにとっても初めての試みでした。当然社内に制度や文化があったわけではなく、ゼロからの挑戦でした。社内の理解を得るために多くの時間と労力を費やしました。それでも大阪ガスの藤原社長をはじめ、WiLの松本共同代表や現SPACECOOL取締役CSOの宝珠山氏(当時はWiLのパートナー)らの力強い後押しを受け、2021年にSPACECOOL株式会社を設立することができました。私は、カーブアウト型スタートアップは日本の産業発展にとって重要なモデルだと考えています。優秀な研究者や起業家の卵が多く大企業に所属する日本において、この仕組みが普及すれば、研究成果を迅速に社会実装し、国際競争力を高めることができるからです。SPACECOOLの事例が、未来の起業家にとって一つの指標になればと願っていますし、そうなれるよう日々努力しています。
SPACECOOLの特徴は、単に素材を提供するのではなく、パートナーと共に市場を築く「プラットフォーム」を構築していることです。防水シートやテント生地に組み込まれた「Empowered by SPACECOOL」の製品が次々と登場し、既存の産業に自然に浸透する形で広がっています。メーカーにとっては、SPACECOOLを組み込むことで自社製品の省エネ性能やCO2削減効果を打ち出せ、市場での差別化やブランド価値向上につながります。消費者にとっては、従来と同じ施工方法で簡単に導入でき、光熱費削減や快適性向上といったメリットを直接享受できます。そして社会にとっては、気候変動の緩和や適応につながる新しい冷却インフラが普及し、持続可能な未来の実現に寄与します。このように、当社は素材そのものの価値向上に専念しつつ、各分野のパートナーと共に「売り手よし、買い手よし、世間よし」という三方よしの関係を築きながら、「仲間と世界を冷やす」仕組みを広げています。
実証実験の成果も国内外で得られており、効果が可視化されています。東京都交通局では、防水シートにSPACECOOLを適用した結果、夏季に約7.8%の省エネを達成しました。サウジアラビアでのユニットハウス実証では、最大40%の電力削減効果が確認されました。これらは一例にすぎません。屋外機器の過熱は故障リスクや寿命低下につながりますが、SPACECOOLを用いることで安定稼働が可能となり、保守コストの削減や社会インフラの信頼性向上に貢献できます。室外機についても、直射日光による負荷を軽減することで冷却効率が高まり、家庭やオフィスでの電力削減に直結します。
加えて、アブダビの「エミレーツパレス」では、酷暑に苦しむ地域において、SPACECOOLを活用したエアコンなしのテニスコートが実現しました。真夏の強烈な日差しの下でも快適な運動環境を提供できたこの事例は、暑熱対策の常識を覆す画期的な成果として大きな注目を集めています。こうした多様な実証事例は、屋外のあらゆる分野で効果を発揮できる可能性を示しています。現場を訪れると、数値以上に「役立っている実感」が伝わってきます。
気候変動が人類共通の課題となる中で、エネルギーを使わず冷却できる放射冷却素材は、気候変動の緩和と適応を同時に実現する技術です。今後私たちは、グローバル展開をさらに加速させ、建築、インフラ、農業など多様な分野に技術を広めていきます。
2030年には「放射冷却素材を当たり前に使う社会」を実現し、2050年にはカーボンニュートラルに不可欠な社会インフラとして位置付けられることを目指しています。また、冷房設備が普及していない地域でも、SPACECOOLがあれば暑熱対策が可能になります。地球温暖化が進む中で、人々の生活を守る基盤になりたいと考えています。
SPACECOOLの挑戦はまだ始まったばかりです。しかし「地球を冷やす」という壮大な目標も、一歩ずつ具体的な成果へとつなげることができます。私たちは、技術と事業を通じて、持続可能な未来の実現に挑み続けます。

著者プロフィール

末光 真大 (すえみつ まさひろ)

SPACECOOL株式会社 代表取締役CEO

2012年大阪ガス入社。研究所にて光工学の研究開発を立ち上げ、その中で地球温暖化の解決に資する放射冷却素材の開発に着手。2021年に大企業カーブアウト型スタートアップSPACECOOLを起業。大阪ガスを退職の上、代表取締役CEO兼CTOを務める。
受賞歴:Green Photonics Award(2016)、応用物理学会奨励賞(2019)、環境省「気候変動アクション環境大臣表彰」大賞(2023)、グッドデザイン賞「金賞」(2024)、東京ベンチャー技術大賞(2025)、DBJスタートアップアクセラレーションアワード「優秀賞」(2025)、JR東日本スタートアッププログラム DEMODAY「スタートアップ大賞(総合グランプリ)」(2025)など。