『日経研月報』特集より

新たな価値を生み出すDXの実現に向けて

2025年12-2026年1月号

冨安 泰一郎 (とみやす たいいちろう)

デジタル庁 デジタル審議官

デジタル化の取組みは、技術進歩とインフラ整備を背景に大きく変貌を遂げており、当初はアナログ情報のデジタルデータへの変換、個別の業務プロセスの効率化など業務改善の延長線上の取組みが主でしたが、今や、それだけにとどまらず、DX(デジタルトランスフォーメーション)、すなわち、デジタル技術やデータの活用により、従来にないサービスの提供や顧客体験・ビジネスモデルの変革を目指すことが可能となってきている。今後の生成AIの実装も強力なツールとしてこのDXを劇的に加速させることになる。DXは、新しい価値の創出という点でイノベーションを実現する重要な一つの手段とも言える。
行政部門と民間部門のDXでは、自ずと対象や目標に違いはあるが、成功させるという点では、共通点も多い。
・ユーザーの視点に立ち、その利便性や体験価値の向上を重視すること
・データの可視化と活用、特に異なる主体・部門間でのデータ連携・集約分析を可能とすること。情報のサイロ化を防ぎ、縦割りの弊害の除去にもつながる。
・クラウドベースで機能ごとにコンポートネント化するなど、変化に即応してシステムやソフトウェアを柔軟に改善できる構成とすること。特に、レガシーシステムの下では、部門間のデータ連携や新しい技術との連携は困難となるので、その刷新は不可欠となる。
こうしたDXの取組みには、膨大な時間と費用を要し、内外のさまざまな関係者との粘り強い調整やルールの見直しが必要となる。単にDXをやらねば、と漠然と考えるのではなく、組織として「何を実現したいのか」、「何を変えたいのか」という目的を明確にし、継続的にリーダーがコミットすることが必要となる。
ただ、この継続的なリーダーのコミットメントは「言うに易く行うに難し」であるので、やはり個人だけに頼るのではなく、組織として中長期的な課題解決を優先事項として位置付けるとともに、失敗を恐れない組織文化の醸成や成果主義の評価の採用など、組織全体として変革を促す仕組みを作っていく必要がある。“にわとりと卵”の関係ではないが、DXの要素として紹介した、データの可視化や集約分析等を可能とすることは、客観的なデータに基づく組織運営がしやすくなるという意味で、リーダーを支え、変革を促す枠組みとしても役に立つと考えられる。
翻って政府の取組みについて考えてみる。
私自身はデジタル庁創設の準備段階から携わっているが、この組織が恒久的なものとして創設されたことは、DXに対する政府の決意の表れだと考えている。そうした要請に応えるためにも、デジタル庁は、急激な人口減少が見込まれる中で、ユーザー目線を大切にし、国民や事業者の利便性向上、さらにユーザーとの接点をもつ各府省や地方自治体のシステム最適化や公共サービスの維持・向上に貢献していかなければならない。
デジタル庁創設時に、主な施策については、工程表とともにコミットした。具体的には、ガバメントクラウドやガバメント・ソリューション・サービス(GSS)等の各行政機関が共通利用できる機能の整備、地方自治体の基幹業務システムの標準化の推進、デジタルでの厳格な本人確認手段となるマイナンバーカードの普及と官民での利用促進、一つのID・パスワードで複数の行政サービスにログインできる事業者向け共通認証(GビズID)の整備、ワンスオンリーを実現するベースレジストリの整備などが挙げられる。これらは、各主体がシステムや機能を別々に作るのではなく、デジタル庁が共通部品を提供したり、標準を示したり、或いは、既にあるものを活用することで行政全体での最適化を図ることを意図したものである。
この他にも、人手不足対応や投資促進の観点から、デジタル技術が活用できるよう、各府省とともに、目視や常駐等、人によるアナログ的な対応を義務付ける規制(約1万条項)の見直しを行っている。
これらの取組みは、現状からの大きな変更を伴うので、各府省や自治体をはじめとした関係者の理解と協力が必須となる。国民の利便性向上や人口減少といった社会課題の解決は共通の課題であり、私たちが「今」対応しなければならないとの意識を共有する必要がある。“危機はイノベーションの母”という言葉もあるように、課題解決への取組みが契機となって画期的なサービスが生まれたり、根本的な行動変容が生じたりする。官民でソリューションを模索し、実現していくことが、社会全体のDX、さらには、我が国の持続性の強化につながることになる。

著者プロフィール

冨安 泰一郎 (とみやす たいいちろう)

デジタル庁 デジタル審議官

東京大学法学部卒業。平成2年大蔵省入省、以後、財務省主計局、主税局、理財局、財務総合政策研究所、内閣官房IT総合戦略室・内閣官房番号制度推進室等を経て、令和3年よりデジタル庁戦略・組織グループ統括官。令和7年より現職。