2025年度 第1回地域経営・ソリューション研修「事例をもとに考える~地域が元気になるヒント~」
2025年12-2026年1月号
一般財団法人日本経済研究所(以下、日経研)では、2009年度より2022年度まで地域シンクタンクの調査研究スタッフを対象に、①地域の将来像を自らデザインするための発想力・分析力・表現力の向上、②地域シンクタンクの相互交流の促進を目的とした、「地域シンクタンク研修」を実施してきました。

今年度はより広範で複雑性を増す地域課題の解決や現場で活用できる知識・実践につなげることを目的とし、受講者を地域金融機関の調査セクション職員等にも拡大するとともに、研修の名称を「地域経営・ソリューション研修」と改めました。
初回となる今回は、「地方創生2.0基本構想」(以下、地方創生2.0)が本格的にスタートしたタイミングをとらえて、テーマを「事例をもとに考える~地域が元気になるヒント~」としました。主に金融機関による地方創生に係る取組みの促進を担当している西内康氏(内閣官房新しい地方経済・生活環境創生本部事務局 企画官)、及び九州全域での食を通じた地域活性化や公民連携による越境戦略に取り組む村岡浩司氏(株式会社一平ホールディングス代表取締役)を招き、講義やグループディスカッションを中心に2019年度以来の対面形式で研修を実施しました(16機関、24名の参加)。
●講義①:地方創生2.0のポイントと金融機関の役割について
講師:内閣官房新しい地方経済・生活環境創生本部事務局 企画官 西内 康 氏
地方創生政策は、人口減少という国家的課題の顕在化を契機に、2014年の「まち・ひと・しごと創生本部」及び「デジタル田園都市国家構想実現会議」の設立等を経て、進展してきました。2024年には、地方創生の再起動(リブート)を図るべく新たに「新しい地方経済・生活環境創生本部」を設置し、「地方創生2.0」が閣議決定されました。
西内氏は、内閣官房新しい地方経済・生活環境創生本部事務局の企画官として、金融機関による地方創生の取組みを促進する業務を担当されています。
本講義では、「地方創生2.0」の概要と金融機関の役割について講義いただきました。以下、内容を抜粋してご紹介します。

・地方創生2.0の概要・ポイント
「地方創生2.0」では、昭和期の「日本列島改造論」(ハード面の戦略が中心)や「地方創生1.0」(人口減少抑止)と差別化し、人口減少を前提としたうえで、ソフト面の対応、マインドセットの転換を通じた地域の持続性確保が重視されている。この枠組みでは、現状認識、将来像、施策の柱(5本柱)、政策パッケージが体系的に整理された。基本構想では、「官民連携による地域力の最大活用」、「若者・女性から選ばれる地域づくり」、「既存産業の高付加価値化と海外展開」、「AI・デジタルの積極活用」等の方針が網羅的に示されている。また、「地方の生産性を東京圏並みに引き上げる」、「1,000万人規模の関係人口創出」等14項目の定量目標が設定された。
・地方創生2.0において金融機関に求められる役割
金融機関に対しては、地域課題の解決と経済成長を両立させる主体として、人材・資金・知見の活用が強く期待されている。そこで、企業版ふるさと納税の活用推進、利子補給制度の予算一本化、政策金融活用、金融機関・自治体の連携強化等によって、地域金融力の発揮を図る体制が整備されつつある。
具体策としては、地域金融機関職員の本業につながる副業の推進、「地域金融力強化プラン」の策定、知財経営支援ネットワークの構築、REVICareer(地域企業経営人材マッチング促進事業)等を通じた関係人口創出等が挙げられる。また、地域金融機関は、単なる資金提供者ではなく、地域住民や関係者を巻き込む「稼げる地域の中核的存在」となることが求められている。

●講義②:地域シンクタンクに求められる役割
講師:一般財団法人日本経済研究所 コンサルティングフェロー 鍋山 徹
鍋山は「地方創生2.0」を踏まえ、地域シンクタンクが日常業務を通じて地域課題に向き合ううえで必要な視点について講義を行いました。以下、内容を抜粋してご紹介します。
国内企業の調査部門や国内シンクタンクの職員・研究員の多くは、仮説と検証を行う際の視野が浅く狭い。国内では優秀であっても海外と比較すると「井の中の蛙」状態にあるという課題が指摘されている。彼らには、単なる常識的な仮説を超えて、広く柔軟な思考とアブダクション(仮説的推論)を活用した分析を行い、地域の課題を掴むことが求められている。これは自分と社会(ミクロとマクロ)をつなぐ「編集工学」の視点にも通じるものである。
地域課題の解決、地域資源の活用に関する1つの事例として、従来の林業「木を売る」モデルから脱却し、無形価値の体験や空間価値の提供に転換した「白糸の森」がある。ここでは、間伐材を使った空間設計やカフェ提供による自然体験を通じて新たな収益モデルを構築している。地方創生においてこうした取組みを行うには、3つの視点(3種類の役割)、つまり「鳥の目(プロデューサー)」、「魚の目(シナリオライター)」、「虫の目(ディレクター)」が不可欠であり、日本においては特にシナリオライター的発想が不足している点が課題とされている。
また、調査・企画においてはデスクトップ調査だけでは完結せず、フィールドワークが重要となる。シンクタンク職員や研究員は地域実態や課題を肌で感じる先兵的な活動を通じて、国や政府等への正確な課題伝達が求められる。
地域課題解決のためには、従来の枠組みにとらわれない発想や認知バイアスの払拭が必要であり、このような取組みが地域の未来を切り拓く鍵となる。

●講義③:越境せよ!LOCAL新時代の幕開け~九州の未来をつくる地域とひとの越境戦略~
講師:株式会社一平ホールディングス 代表取締役 村岡 浩司 氏
村岡氏は、地域課題の解決に向けて、従来の枠組みを越えて活動されています。具体的には、九州の特産品を活かした商品開発・カフェ事業を営む傍ら、九州全域で社会課題解決に向けて議論する会議「ONE KYUSHUサミット」の発起人でもあります。地方創生には、行政区域や公民の肩書を越えた連携が重要と考え、これを「越境戦略」と名付けて実践されています。
本講義では、同サミットの取組みや設立までの経緯、また今後の地方創生で必要な視点をお話いただきました。以下、内容を抜粋してご紹介します。
・「ONE KYUSHU」で壁を溶かす、境界を越える、越境する
私は、宮崎を中心に九州全域で活動している。経営する「一平ホールディングス」では、地域産品を生かした「九州パンケーキ」の商品開発から販売(カフェ経営)を営むほか、フランチャイズでタリーズコーヒーの事業展開をしている。また、「ONE KYUSHU」の発起人として、九州全域で九州の「社会課題解決」を考えるサミットを運営している。いずれも「地方創生」をキーワードに活動しており、私は主にプロデューサーの役回りをしている。活動の中では、「いかにローカル資源・人材を掛け合わせるか」を重要視している。
「ONE KYUSHU」の前身の「九州廃校サミット」を2018年に立ち上げた。当時、九州で廃校を使った取組みが活発化しており、これらを連携させて何か利活用できないかと九州の廃校を巡ったのがきっかけである。このサミットでは、廃校を活用して「地域のまちづくりの活性化」や「食やツーリズムといった新たな経済需要の喚起」をテーマに議論した。
現在は、この九州廃校サミットで培った広範な九州地域のコミュニティを基盤として、「壁を溶かす、境界を越える、越境する」という理念のもと「ONE KYUSHU」というコンセプトで、「移住」、「旅行」、「食」等、幅広く地域全体を見渡した地域活性化への取組みを推進している。

・まちがなくなる前に“暮らし”が先に崩れる
人口減少が叫ばれて久しいが、私自身も活動を通して地方が衰退していく様を感じている。現実として、まちやシステムが崩壊するよりも、暮らしが先に崩れていく。「消滅可能性自治体」という言葉が田舎に住む人のこころを暗くした面がある。本来、この言葉は若い女性がその地方からいなくなると、その自治体が消滅に向かうという行政用語であったが、これが誤ったニュアンスで一般に広まってしまった印象がある。人が住む限り自治体は消滅しないが、人が減ると自治機能が失われ、結果として地域の暮らしが崩れていく現実がある。
・“越境型リージョナリズム”という戦略
自治機能の消滅とは、実際には“生活圏単位”の消滅であり、まちの「未来の構造」の問題である。これからは各地域が、行政区域にとらわれずに生活圏をベースとした地域づくりをする、地域間の人の往来を加速させる、暮らし・産業・観光を地域内で循環させる、といったことに取り組む必要がある。
例えば、地域が外貨を稼ぐうえで観光は重要である。昨今、福岡のインバウンドが盛り上がりをみせているが、宮崎・熊本等ではそれほど賑わいをみせてはいない。「県」単位だと海外からの知名度は低い。このため、一つひとつの観光資源を九州という「アイランド」(リージョン)全体の財産として捉え、自治体の枠を超えて統一のブランドを構築することが重要である。福岡だけの発展=九州の発展ではない。九州「アイランド」(リージョン)全体で持続的発展をどう描いていくのかという議論が必要になる。
2025年に、九州・沖縄の119の市町村長が集結し「ONE KYUSHU」プロジェクトチームが発足した。九州の持続的発展のために各地域が課題解決に向けて連携しながら、各テーマに取り組んでいる。また、最近では地元・宮崎の若手政策担当者を集めた会合を主催したところ、大いに盛り上がった。今は、参加者が連携し防災・医療等タスクごとに取り組んでいこうとしている。
私は、「越境型リージョンハブ」として公民連携で協働をデザインしていきたい。自治体と自治体をつなぐだけでなく、これからは民間ベンチャーのアイデア等を取り入れる必要があると考えており、地域・肩書の枠を超えた「ONE KYUSHU」で地域活性化に取り組んでいきたい。
・人口減少への「世代間感覚ギャップ」の理解が第一歩
人口減少問題は共通認識となっているが、人口減少に対する受け止め方は世代間で異なるのではないか。私は、この「地域・世代間の感覚ギャップ」の理解が、地域活性化に必要であると考えている。
例えば、シニア世代(60代以上)は、人口減少や地域の過疎化を認識しているものの「自分たちの代までは大丈夫」と問題の先送り感がある。働き盛り世代(概ね30~50代)は、人口減少に対して、教育・医療・雇用の選択肢が狭まることにリアルな危機感を抱いている。若者世代(35歳以下)は、生まれたころから既に人口減少の局面にあり、地域の人口減少に対して「先にあきらめる」傾向がある。ただし、若者世代は柔軟な価値観を持っており、「一極集中の外」にチャンスを見出す人も増えている。
越境するという点において、この若者世代が注目されている。例えば、彼らにとってリモートワークは当たり前の働き方であり、働き方の観点では「時間・空間」を越境している。また、フリーランスで働くことも珍しくない。彼らは所属に縛られず「組織」も越境している。その他、多拠点的なライフスタイル、多文化・多様性への感性を持つ等、「地域・居住地」、「国境・価値観」も越境している。このように、若者世代の行動や価値観を踏まえると、彼らは「越境的リアリスト」と捉えることができる。
地域が生き残るためには、地域の境を取り払い自治体・行政・民間が全体で共創しなければならない時代である。自治体が越境することに柔軟であり、新しい世代を迎え入れることができるかが、今後の未来を左右するのではないかと考えている。

●演習(グループディスカッション・プレゼンテーション)
当研修では、研修テーマに即した演習(グループディスカッション・プレゼンテーション)を設けています。今回は、事前課題として提出いただいた「地域資源を活用した持続可能な取組みとその事例」について、グループ毎に意見を出し合い、推奨する事例のブラッシュアップを行いました。
演習形式として、参加者は5グループ(A~E)に分かれてグループディスカッションを行い、ブラッシュアップした推奨事例をプレゼンテーションしました。また、ディスカッションはワールド・カフェ方式(注※)を採用し、グループ間で積極的な意見交換や議論が行われました。

●総 評
本研修では、「事例をもとに考える~地域を元気にするヒント~」をテーマとし、個々の地域における具体例を取り上げることで、参加者の多くを占める地域シンクタンクや地方銀行の方にとってより参考となるプログラムにしました。研修後アンケートでも「多くの事例を一度に学べたので持ち帰って深掘りして自分の事例集ストックを充実させていきたい」、「地方創生2.0の概要や講師の方からの事例紹介が大変面白い」との回答が寄せられました。
講義では、西内氏からは、「地方創生2.0」において金融機関に求められる役割についてのマクロ的な視点で、村岡氏からは、九州全域での食を通じた地域活性化や公民連携による越境戦略についてのミクロ的な視点で、本研修のテーマに沿った講義をいただき、参加者に理解を深めていただきました。講師のお二方には、あらゆる質問に丁寧にお答えいただき、大変充実した研修となりました。この場を借りて改めて御礼申し上げます。
日経研調査局グローカル部では、今後も皆様の地域に役立つ情報提供や研修の機会を提供したいと考えています。研修プログラムは今回の結果を踏まえて見直し、より良いものとしてまいります。ぜひ、次回の地域経営・ソリューション研修にご期待いただき、奮ってご参加いただきますようお願いいたします。

(注※)ワールド・カフェ方式:リラックスしたカフェのような雰囲気の中で、少人数のグループでテーマについて対話を行い、参加者同士の意見交換や相互理解を深めることを目的とした会議手法。各グループでのディスカッション後、席替えを複数回行い意見交換することで、多様な視点が誘発され、新たなアイデアや気付きを生み出すことを目指すもの。
地域