明日を読む

自国ファーストの時代 ~中国主導の国際舞台が映す世界~

2025年12-2026年1月号

白石 隆 (しらいし たかし)

少し前の8月30日、天津で上海協力機構(SCO)首脳会議が開催された。また、9月4日には北京で抗日戦勝記念の軍事パレードが実施された。
この二つの行事が「グローバル・サウス」と「ユーラシア枢軸」の「盟主」としての中国、国家主席の習近平のリーダーシップを演出するものだったことは、すでに広く指摘されている。SCO首脳会議の際には、習近平とロシアのプーチン大統領とインドのモディ首相が親しく話をしている場面が広く報道された。軍事パレードでは、習近平がプーチン、北朝鮮の金正恩の二人の侵略者と並んで歩く写真が出回った。
この二つの行事において、中国の立場がいかに偽善的なものであるかも広く指摘された。SCO「天津宣言」では、「主権と領土の一体性保全、内政不干渉、武力の不使用が国際関係の安定した発展の基礎である」と確認された。つまり、国連憲章の大原則を公然と破るウクライナ侵略戦争については無視することにした。それどころか、9月4日の軍事パレードでは、ウクライナ侵略戦争を指揮するプーチンとこれを軍事的に支援する金正恩、この戦争を経済的、産業的に支援する習近平が並び立った。
これはすでによく知られている。ここで注目したいのは「脇役」である。SCO首脳会談には、中国、ロシア等に加え、インドのモディ首相、イランのマスウード・ペゼシュキアン大統領などが参加した。対話パートナーとしては、トルコのエルドアン大統領、エジプトのモスタファ・マドブーリー首相、ミャンマーのミン・アウン・フライン国軍司令官、カンボジアのフン・マネット首相などが出席した。さらに、オブザーバーでも対話パートナーでもないゲストとして、マレーシアのアンワル首相、ベトナムのファム・ミン・チン首相、ラオスのトンルン国家主席も出席した。
軍事パレードには、習近平、プーチン、金正恩に加え、イランのマスウード大統領、ベトナムのルオン・クオン国家主席、インドネシアのプラボウォ・スビアント大統領、マレーシアのアンワル首相、ミャンマーのミン・アウン・フライン国軍司令官なども出席した。トルコのエルドアン大統領、エジプトのモスタファ首相は出席しなかった。モディ首相はSCO首脳会談出席に先立って石破首相と会談し、パレードは欠席した。インドネシアのプラボウォ大統領は、ジャカルタほかでのデモと騒乱でパレード出席を一度は断念したものの、中国に強く頼まれたとして、プーチンの隣に並んだ。ただし、そのあと予定された訪日はキャンセルされたままだった。
では、どうしてこうも違うのか。インドはSCO加盟国として首脳会議に出席し、中国との関係を修復し、軍事パレードには出席せず、石破首相と会談した。まさに「戦略的自律性」を地で行くとこうなるという行動である。
マレーシアのアンワル首相はSCO首脳会議にも軍事パレードにも出席した。BRICS加盟も申請している。マレーシアは「グローバル・サウス」の一員である。これからは中国の時代だ、「ユーラシア枢軸」支持と見られてもよい、と判断したのかもしれない。
プラボウォ大統領の行動はもっと奇怪である。プラボウォは大統領就任直後に訪中し、習近平国家主席とナトゥナ諸島周辺海域の「主張が重複する領域」の共同開発検討で合意した。今年1月にはBRICSに参加し、6月にはロシアを訪問した。そして今回の軍事パレード出席である。まさかスカルノ時代の「平壌、北京、ジャカルタ枢軸」復活を考えているとは思えないが、対外政策は大統領の一存で決められ、当面、機会主義的に行動しても大きなマイナスはないと判断していることは疑いない。
こういう行動を見ると、世界的にもアジアでも、一連のトランプ・ショックで予測可能性が大きく低下する中、将来はわからない、短期的に「自国ファースト」で行動しようという誘惑が大きくなっている国が増えているように見える。これは国際関係をますます不安定化する。

著者プロフィール

白石 隆 (しらいし たかし)

1950年愛媛県生まれ。1979年東京大学助教授、1986年コーネル大学准教授・教授、1997年京都大学教授、2005年政策研究大学院大学教授(~2009年)、2007年JETROアジア経済研究所長(~2018年)、2009年総合科学技術会議議員(~2012年)、2011年政策研究大学院大学学長、2017年立命館大学特別教授を経て、2018年から2024年3月まで熊本県立大学理事長を務める。2007年紫綬褒章受章、2016年文化功労者。