シリーズ「スポーツ×○○」第2回

スポーツ×女性アスリート支援 ~佐賀から世界に挑戦する「SSP構想」~

2025年12-2026年1月号

佐賀県SAGAスポーツピラミッド推進チーム

組織 佐賀県SSP推進局SAGAスポーツピラミッド推進チーム
拠点 佐賀市城内1丁目1-59
HP https://ssp.saga.jp/

(2025年10月現在)

1. 佐賀から世界へ新たなスポーツシーンを切り拓く「SSP構想」

佐賀県では、世界に挑戦する佐賀ゆかりのトップアスリートの育成を通じて、スポーツ文化(する、観る、支える、育てる、稼ぐ)の裾野を拡大し、さらなるトップアスリートの育成につながる好循環を確立するSAGAスポーツピラミッド構想(以下、SSP構想)に取り組んでいます。佐賀から世界に挑戦する新しいスポーツシーンを切り拓き、スポーツの力を活かした人づくり、地域づくりを目指しています。
SSP構想の取組みでは、「人材育成」、「練習環境の充実」、「就職支援」、「支える文化の定着」、「スポーツビジネスの創出」の以下の5つを重点分野として位置づけています。
① 人材育成
競技団体と連携し、一流の指導者の招聘や専門家サポート等を行う競技伴走型支援、アスリートのレベルに応じた支援を行う個人伴走型支援。また、スポーツ医科学に基づいた選手育成。
② 練習環境の充実
ジュニア世代から社会人まで一気通貫型の育成環境が整う競技ごとの拠点環境の整備や、中高生の県内定着や県外からの流入促進を図る高校生アスリート寮の整備等。
③ 就職支援
アスリート・指導者と企業・団体の個別マッチングや、アスリートのセカンドキャリア支援。
④ 支える文化の定着
プロスポーツ・アスリートの試合観戦や応援しやすい環境の整備、ふるさと納税等を活用した多角的な資金調達への支援。
⑤ スポーツビジネスの創出
スポーツビジネスの可能性を引き出し、県内企業の参入を促進。また、スポーツビジネスによる効果をアスリート等に還元する仕組みづくり。
さらに、今年3月には、このSSP構想を長期的な視点を持って恒久的に推進していくため、SSP構想の基本理念や基本的施策を定めた「SSP構想推進条例」を制定しました。この条例では、スポーツ医科学等さまざまな先駆的な取組みや、「稼ぐ」(スポーツビジネス)についての具体的な記載、さらにはeスポーツなど新たなスポーツへの対応など、他県にはない特徴を盛り込んだ唯一無二の条例となっています。

2. スポーツ医科学への取組み

本県のスポーツ施策の中で、近年力を入れている分野の一つが、スポーツ医科学です。
県がスポーツ医科学に関する事業を進める意義としては、2つの側面があります。
1つは、SSP構想の根幹ともいえるアスリートの育成をより強力に推し進めるためです。近年ではアスリートの育成においても学術的アプローチやテクノロジーが活用され、ナショナルチーム等では国立スポーツ科学センター(以下、JISS)のような専門機関がスポーツ医科学に基づいたサポートを実施しています。
このような環境を佐賀県でも整えるため、地元の西九州大学と連携して高度な身体組成測定・体力測定機器等を整備し、JISSと同水準の体力測定や、データ分析等による競技別サポートを提供できる体制を構築しました。
そのほか、デジタル技術の活用による競技力向上を図るため、県内の競技団体や高校へのデジタル技術トレーニング機器の整備や、県有施設のボールフィールドへのAIカメラの設置等を進めてきました。
もう1つの意義は、アスリートの健康を医科学的な側面からサポートすることにあります。本県では、女性アスリートが抱える健康課題に対する支援のほか、高校生アスリート寮の寮生に対し、栄養学に基づくアスリート食の提供や、栄養セミナー等の学ぶ機会を提供しています。
さらに、令和9年度には新たにスポーツ医科学の拠点となる施設を整備する予定であり、佐賀県のスポーツ医科学分野の取組みは、さらに次のステージへ進んでいきます。
医科学をスポーツへ活用することについて、医学関係者や学術関係者の中ではその知見が高まってきており、ナショナルチーム等では進んでいますが、地方の現場レベルではその普及が課題となります。佐賀県のスポーツ医科学の取組みは、その実践により、こうした知見の普及を図るという側面も担っています。
これから訪れる次のステージに向けて、県内の競技者や指導者等がスポーツ医科学の必要性を認識でき、アスリートが常にスポーツ医科学の最新の知見に基づいた環境で競技に打ち込めるよう、県としてもさらにスポーツ医科学分野の取組みを推進していきたいと考えています。

3. 女性アスリート支援の取組み

女性アスリートは、運動によって消費されるエネルギーに見合ったエネルギーを摂取できていない「利用可能エネルギー不足」が原因で無月経になるケースが多く見られます。さらに、無月経による低エストロゲン状態が続くと骨密度が減少して骨にリスクを負うほか、心血管や筋肉にも影響を及ぼします。通常、女性は20歳頃に最大骨量を獲得し、その後の増加は乏しく閉経後急激に骨密度が低下していくため、その年代までの骨量が低いと骨粗しょう症などのリスクが高まっている状態で生涯を過ごすことになってしまいます。
この「利用可能エネルギー不足」、「無月経」、「骨粗しょう症」は、女性アスリートの三主徴と呼ばれ、日本代表レベルのようなトップアスリートに限らず、どの競技レベルのアスリートにも起こりうる問題です。
本県では、こうした問題を念頭に、令和4年度に県、医師会等と連携し、全国初となる組織的な女性アスリート健康支援に着手、令和5年度には医師会や大学、栄養士会等とともに女性アスリートの健康支援のための組織「SSP女性アスリートウェルネス協議会」を設立し、組織的な取組みを実施しています。

.

① アスリート健診モデルの開発
女性アスリートやジュニア期のアスリートは、消費エネルギーに対して摂取エネルギーが不足する「相対的エネルギー不足」のリスクが高くなりますが、学校部活動等の現状では、明らかな症状等が無い限り、検査等により自身の状態を把握する機会は少ないと考えられます。そこで、アスリートが定期的に自身の身体の状態を把握でき、改善につなげられる仕組みづくりとして、大学と連携し、アスリート向けの健診モデルの開発・普及を進めています。
アスリート健診では、血液検査や骨密度測定などを通してスポーツ障害のリスクを判定し、医療機関への受診勧奨や、アスリート向けの改善に向けたフィードバックを実施します。また、必要に応じて、スポーツ栄養士とも連携し、個別栄養指導等につなげることもあります。
今後、アスリート健診の普及、定着が進むことにより、アスリートの不調の早期発見やスポーツ障害の予防、または身体状態の改善による競技パフォーマンスの向上につながることが期待されます。

.

② 医療機関との連携
女性アスリート特有の問題について、無月経や生理不順などの症状がみられる場合は、医療面での支援が必要となります。本県では、こうした女性アスリート特有の健康問題に対応するため、令和5年1月に県内病院の婦人科に県内初の女性アスリート専門外来を開設しました。この女性アスリート外来では、部活動やスポーツに取り組む女性であれば競技レベルに関係なく誰でも受診することができ、医療的な検査のほか、食事摂取量と運動量のチェック、栄養指導等も受けることができるようになっています。
また、医師会が主体となって、医療機関を対象としたアスリート診療に関する研修会を実施し、専門家のスキルアップも図っています。

.

③ 女性アスリートWeb相談窓口の設置
特に月経等の女性特有の問題は、現状として指導者の多くが男性ということもあり、相談できる相手が非常に限られるという課題を抱えています。
そこで本県では、県スポーツ協会と連携し、メールフォームで気軽に相談でき、相談内容に応じて各専門家から回答をもらえるWeb相談窓口を設置しています。これにより、医療面に限らない幅広い相談にも対応できる体制を整備しています。

.

④ 意識啓発・広報
女性アスリートに起こりうる問題は、そもそもアスリート自身や保護者、指導者等がその知識や問題意識を有していなければ、問題として認識されません。
本県では、令和4年度より継続的に、生徒や保護者、指導者を対象とした研修会、シンポジウムや広報物による広報等のほか、一般社団法人スポーツを止めるな との連携による高校での出前授業等を実施し、問題の啓発や支援体制の普及に努めています。

4. 今後の展望

これまで述べた取組みを踏まえ、改めて学校や指導者が女性アスリートの健康問題やスポーツ医科学についてどの程度理解しているか、現状を把握するため、令和6年度に県内の実態調査を実施しました。
調査の結果によると、指導者のうち、女性アスリートに特有の問題について「よく理解している」と回答した割合は全体の2~3割にとどまり、栄養や食事等の他の医科学要素の理解度と比較しても、大幅に低い傾向にありました。また「女性アスリートの三主徴」や「月経随伴症状」について「自己学習をしたことがない」、「講演・研修を受けた経験がない」と回答した指導者は7~8割に上り、女性アスリートの健康課題に関する知識を得る機会が極端に少ないことが示唆されています。
さらに、先述した女性アスリート外来や、女性アスリート相談窓口の認知度は、学校では3割前後、指導者では2割に満たず、認知している中でも教員や生徒・保護者へ情報提供をしている学校や指導者もごくわずかであることが示されました。
これらの調査結果から、これまで県内での関係機関の連携により女性アスリートの諸問題に対する支援体制は一定整備されてきたものの、それらの周知状況や、そもそもの女性アスリートに起こりうる問題への意識づけ・啓発は、未だ十分でないと考えられます。
「SSP女性アスリートウェルネス協議会」は今年度で設立から3年目となり、事業サイクルとしても一巡しようとしております。今後は、これまでの取組みも踏まえつつ、さらに県内への啓発や、支援内容の定着等を図る必要があると考えます。
最後に、本連載企画において佐賀県の取組みに焦点を当てていただき、誠にありがとうございます。佐賀県では、多くの人に夢や感動を与える「スポーツのチカラ」を活用した人づくりや地域づくりを主要施策の一つとして推進しており、全国的にも類を見ないほどスポーツ関連の施策に力を入れております。そのような中で、今回のテーマである「スポーツ×女性アスリート支援」を通じて、本県のスポーツ施策全体についてもご紹介できたことを、大変意義深く感じております。引き続き、こうした取組みが多くの方々にとって有益な情報となることを願っております。

著者プロフィール

佐賀県SAGAスポーツピラミッド推進チーム