『日経研月報』特集より

シリーズ「となりの新規事業」(第5回)

京大発、新たな価値の循環 ~京都大学としての成長を目指す~

2025年12-2026年1月号

〈話し手〉 吉田 竜也 (よしだ たつや)

国立大学法人京都大学成長戦略本部統括事業部エコシステム構築領域 統括/企画管理部企画推進室

〈聞き手〉 岩本 学 (いわもと まなぶ)

株式会社日本政策投資銀行産業調査部 調査役

企業の新規事業やイノベーションに対する取組みを紹介するシリーズ「となりの新規事業」の第5回では、国立大学法人京都大学成長戦略本部:Institutional Advancement and Communications(以下、IAC)の吉田 竜也氏にお話を伺いました(本稿は、2025年9月29日に行ったインタビューを基に取りまとめたものです)。

1. IAC立ち上げの経緯や狙い

聞き手 IACの概要や設立経緯について教えてください。
吉田 IACは、京都大学内にあった産官学連携本部、オープンイノベーション機構、渉外部基金室、医学領域産学連携推進機構といった複数の組織を統合し、2024年4月に設立された組織です。研究大学として研究・教育活動に取り組む京都大学にとって、研究力の強化は常に取り組んでいかなければならない重要な課題です。そのためには大学から生まれる「知」を価値化して、社会に提供し、そしてその価値を大学に還流させる仕組みを作る必要があります。この大きな循環を実現するためにIACが設立されました。
IAC自体は、①研究成果の活用と出口戦略の策定を担う「イノベーション領域」、②社会との関係を深化し寄付募集活動を行う「ソーシャルリレーションズ領域」、③知および社会課題を起点とする価値の好循環実現に向けた基盤・環境の整備・拡充を行う「エコシステム構築領域」、④フロントオフィスを横断した国際展開業務を担う「国際展開チーム」の4つのフロントオフィスと、ミドル・バックオフィスから構成されます(図1)。現在、総勢180人のメンバーがIACに在籍しています。

聞き手 これまでも産官学連携やスタートアップ支援などに取り組んできた中で、なぜ統合的な組織を新たに設立する必要があったのでしょうか。
吉田 「価値の循環」を作り出すためです。京都大学の研究から生まれる「知」を社会に実装する過程で、資金、ネットワーク、新たな研究課題などさまざまな成果が得られます。それらを大学に還元し、基礎研究をさらに強化していくことがIACの存在意義です。これまでも大学としてさまざまな取組みを行ってきましたが、これらの活動が複数の組織にまたがっていたため、どうしても各部の個別の活動に限定されてしまうことがありました。また、大学内の教員が研究以外の業務に多くの時間を取られる傾向があり、大学運営の効率化が課題となっていました。さらに、外部の組織が京都大学と連携したい場合、どこにアクセスすればよいかわかりにくいという指摘もありました。こうした課題を解決するために、IACは複数の機能を一体化して、セクショナリズム的な壁をなくすことで、横連携を促し、大学全体として成果を最大化することを目指しています。具体的には、お互いの取組みを共有する場を定期的に開催し、連携を強化しています。また、IACを通じて専門実務を担える人材を育成し、ノウハウを蓄積することで、運営組織を高度化し、教員がより研究に打ち込みやすい環境を整備しています。これらの取組みにより、大学全体の研究力を強化するとともに、京都大学と連携したい外部の組織がどこにアクセスしたらよいかをわかりやすくすることで、社会との接点をより一層強化しています。
聞き手 知を起点として価値を循環させていくという考え方は、大学の研究活動を社会に実装するうえで非常に重要なコンセプトだと感じました。資金循環について、どのような手法で実現されているのか、より詳しく教えていただけますか。
吉田 知的財産のライセンス提供や外部機関とのアライアンス構築などが挙げられます。それらに加えて、近年、研究成果を社会に実装する手法として、スタートアップを通じた事業化が注目されています。京都大学では、2014年12月に京都大学イノベーションキャピタル株式会社(以下、京都iCAP)を立ち上げ、大学発スタートアップの創出と育成に取り組んできました。京都iCAPは京都大学からの出資により運営されており、出資先のスタートアップが成長し、将来的に投資資金を回収できれば、これはひとつの資金循環になります。また、知財ライセンスからの収益や、成功を収めた卒業生からの寄付金も資金循環の形です。こうして循環された資金を大学の研究・教育活動の活性化に再投資することで、さらに良質な研究シーズと人材を生み出します。このようなサイクルを構築し、持続可能な価値の循環を実現し、さらにその仕組みを強化・発展させていきたいと考えています。

2. 産学連携やスタートアップ支援に関するIACの主な活動について

聞き手 IAC設立から約1年半が経ちましたが、これまでの産学連携における具体的な活動を教えてください。
吉田 産学連携ではこれまで、企業側から提示された課題を、京都大学が持つ自然科学に関する研究をもとに解決しようと試みる形が一般的で、IAC設立後も推進しています。
このように京都大学というと自然科学のイメージが強いかもしれませんが、近年は、哲学や倫理学といった人文領域も力を入れています。AIなどの新たなイノベーションが進展する中で、技術面からのみ捉えるのではなく、倫理的な視点や文化・歴史からの視座を持ち合わせることが求められるようになっています。そのため、人文知の重要性は今後ますます高まっていくと考えています。
こうした背景を踏まえ、京都大学が120年を超える長い歴史の中で培ってきた人文知を社会につなげていくため、IAC内に「人文知ユニット」を立ち上げました。企業と人文知ユニットとの連携においては、企業から課題を提示してもらう従来の形にとどまらず、そもそもどのような社会課題が存在するのかというテーマ設定から、対話を通じて模索していきます。課題が適切に設定できた場合には、さらに多くの関係者を巻き込んで、解決のための仕組みを検討します。
このほかにも、株式会社三井住友フィナンシャルグループとともに多様な社会課題の解決を目指して「SMBC京大スタジオ」を開設したほか、終活・相続に関わる課題の理解と解決を目指した連携といった事例が挙げられます。企業との対話を通じて見つかった課題が、今度は大学側の新たな研究につながるなど、ここでも良い「循環」が生まれています。
聞き手 課題の設定から共に取り組んでいくというのは、ユニークなアプローチですね。スタートアップ関連の取組みについてはいかがでしょうか。
吉田 先ほど紹介した京都iCAPに加え、GAPファンドプログラムやインキュベーションプログラムなどさまざまな施策に早くから取り組んできました。京都大学は基礎研究に重きを置いた研究大学であるため、研究シーズを社会実装するまでのプロセスが比較的長くなる傾向にあります。また、いわゆるディープテックと呼ばれる高度な技術が多く含まれるため、これらを理解し事業化を支援するには、支援者側にも高いサイエンス・リテラシーが求められます。IAC内の意識だけでなく、例えば、京都iCAPには理系のバックグラウンドを持つ人材が多く在籍しており、技術を理解したうえで出資を行い、長期的な目線でスタートアップをサポートしています。IACが提供するスタートアップ支援も他大学の類似プログラムと異なり、さまざまな工夫を凝らしています。IACと京都iCAPが密接に連携し、また、京都iCAPのメンバーが京大発ベンチャーならではの特性を深く理解したうえで、支援内容を細かく作り込んでいるのが特徴です。
さらに、スタートアップの成長段階に応じて支援メニューをシームレスに展開していることや、客員起業家プログラムの導入など新しい仕組みを積極的に取り入れていることもIACの大きな強みです。
聞き手 スタートアップ関連の取組みは成果も著しいですね。
吉田 経済産業省がまとめた2024年度の大学発ベンチャー実態等調査では、本学が増加数で首位となりました。ただし、急に成果が出たわけではなく、これまで10年間にわたり地道に継続して取り組んできた蓄積による結果だと考えています。京都iCAPの出資先の中には、時価総額が百億円を超える企業が複数社出てきていますが、サイエンスに基づく技術シーズが多いため、長期的な視点で育ててきた結果であり、今後も継続する必要があります。そのため、スタートアップの設立件数を単なるKPIとして追いかけるのではなく、スタートアップが成長してそれによって生まれた雇用の数や、社会に与えるインパクトなど別の切り口で成果を図れないかという議論もしています。これらの成果を支える基盤となるのは、やはり研究シーズです。研究活動の充実がスタートアップの成功に直結するという考え方も忘れてはなりません。
聞き手 今後の活動をさらに深化させるために、どのような機能やインフラが必要だとお考えですか。
吉田 最近では、本学が主幹機関を務める「関西スタートアップアカデミア・コアリション(KSAC)」の枠組みも生かして、米国カリフォルニア州パロアルト市に新たな拠点を構えました。海外拠点は、シンガポールとニューヨークに続き3か所目になります。高さのあるスタートアップの創出・育成のためには、海外市場への売り込みや海外企業との連携が今後のカギとなります。ただし、単純に箱物を作るだけというありがちなアプローチではなく、現地の同窓生ネットワークも活用した実際に役立つリレーションを提供することを重視しています。そのためのイベント企画やネットワーク構築を推進しており、今後は各地での取組みをさらに深めていきたいと考えています。
また、京都にもインキュベーションやアクセラレーションを行うための専用施設が必要だと考えています。研究に関しては大学内の既存のラボで行うことができますが、「人の交流」を促進するためには別の場所が必要です。京都は、厳しい景観規制などの制約もありますが、伝統と進取の気風に富む京都ならではの施設を作れないかと模索中です。

3. IAC内の人材育成について

聞き手 IACでの業務を行ううえで、職員にはどのようなマインドセットが求められるのでしょうか。
吉田 大学という組織は、閉鎖的かつ官僚的な雰囲気があると言われることがあります。しかし、IACでは、これまでにない新しい価値を生み出していく必要があるため、従来の大学のあり方をそのまま受け入れるのではなく、前向きに挑戦していく、自分の業務から一歩先を見据えて行動するマインドセットが重要です。実際、IACには大学内から自然とそのような人材が集まっており、他の大学組織とは異なる、独特の雰囲気が感じられます。
聞き手 IACという組織が、そういった人材を育てる場になっているのかもしれないですね。
吉田 まさにその通りです。IACという組織自体が、これからの研究組織のあり方を探る試金石のような位置づけにあるのかもしれません。IACでの業務を通じて培われる能力やマインドセットは、これからの時代に求められる「大学人」に必要なものだと思います。そして、ここで育った大学人が将来的に大学の経営に携わることで、京都大学の未来を切り拓いていくことを期待しています。

著者プロフィール

〈話し手〉 吉田 竜也 (よしだ たつや)

国立大学法人京都大学成長戦略本部統括事業部エコシステム構築領域 統括/企画管理部企画推進室

2004年、京都大学に入職。知財管理及び知財渉外に携わり、その後産学連携法務に従事。2024年からは成長戦略本部企画管理部企画推進室にて産官学連携の制度企画等に携わり、同年12月より大学発スタートアップの創出等を担当する統括事業部エコシステム構築領域の統括を兼任。

〈聞き手〉 岩本 学 (いわもと まなぶ)

株式会社日本政策投資銀行産業調査部 調査役

2012年日本政策投資銀行入行後、主に航空・航空機産業を担当。2022年4月からは産業調査部にて、空飛ぶクルマを中心に次世代エアモビリティの社会実装と産業創造に向けた活動や企業の新規事業の取組支援を行っている。また、2023年からは日本経済研究所イノベーション創造センターを兼務し、イノベーション人材を育成する研修プログラム「IXアカデミー」の企画・運営にも携わる。