『日経研月報』特集より
海外の現場から
未来が走る街 ~中国で身近に感じるイノベーション~
2025年12-2026年1月号
中国は今やイノベーションの先進地として注目を集める国になったが、その要因としては技術進歩の速さだけでなく、実証がいち早く進められ、大量のデータを蓄積して商用化の流れを作る点にあるとも言われる。今回は、こうした特徴を持つイノベーションの代表例として挙げられる「自動運転」と「人型ロボット」について、現地での見聞を交えながら紹介したい。
1. 自動運転
自動運転については、中国ではレベル4の商用化試験が2021年11月に開始されたが、今では北京、上海、武漢、広州、深圳などの大都市を中心に、運転席に誰もいない「無人」タクシーがほぼ商用化に近い形で営業運行されている。
利用方法は、運行事業者によっても多少異なるが、基本的には一般のライドシェアサービスと同様、事前に専用アプリをダウンロードし、電話番号による登録作業を行う必要がある。また、実際の車の手配においては、アプリ上で出発地と目的地、車種などを選択すると、マッチングされた車のナンバーや到着予定時間、予想料金が表示される仕組みである。異なるのは、無人であるため車両のドアロック解除時に、登録したスマートフォンで車体に貼られたQRコードを読み取る必要がある点や、乗車後に車内のモニターで電話番号の下4桁を入力して発進させるなどのプロセスが必要な点である。ただ、一連の流れは非常にスムーズだと感じる。
走り始めると、車内のモニターには道路状況が映し出され、カメラやセンサーが捉えた道路上の車、バイク、自転車、歩行者などがリアルタイムに出現する。肝心の乗り心地は、制限速度までの加速、バイクや自転車が縦横無尽に行き交う中での的確なハンドル・ブレーキ操作など、まるで熟練ドライバーが運転しているような安心感がある。走行中に見える周囲の車や人々は自動運転車を気にする様子もなく、エリア全体が自動運転車と共存している光景が印象的だった。
なお、中国では、道路上のセンサーなどから5Gネットワークを通じて道路状況に関する情報を得て、車両自身が把握した情報を補完する「車路雲一体化(Vehicle-Road-Cloud Integration)」を目指している。目に見えるところでは、交通情報と連携した高精細地図データにより、信号待ちの残り時間が車内モニターに表示される仕様になっている。ただ、ある運行事業者によれば、地図上の信号情報は遅延があり、また政府によるインフラ整備の進展や継続性に依存するリスクもあるため、現状は事業者側のみの対応で完結させているとのことであった。
中国では、タクシーだけでなく、小型配送車、小型バス、トラック、ドローン物流などの領域でも急速に自動化の取組みが進んでいる。これらが日常生活に溶け込み、新たな世界が現れる未来は、そう遠くないかもしれない。

ただ、それまでにまだ乗り越えるべき課題は多い。昨年7月には、武漢市で自動運転車両と人との接触事故が発生したほか、今年5月には北京市で無人状態ではあったが発火事故が発生し、安全面に関する議論が巻き起こった。また、法規制の面でも、北京市では今年12月に「北京市自動運転車条例」が施行されるが、ルールの具体的な運用に際しては多くの課題に直面する可能性が考えられる。さらに、自動運転の本格的な普及には既存業界との調整も必要になるだろう。
2. 人型ロボット
今年に入って注目度が増している人型ロボットは、工業情報化部が「2025年までに量産化を実現し、2027年までに世界の先端レベルに達する」という具体的な目標を掲げている重点分野であり、既に多くの中国企業が開発競争を繰り広げている。
こうした中、今年4月に北京で開催されたハーフマラソンが世間の注目を集めた。これ自体は毎年開催されているが、今年は世界で初めて人型ロボットが参加する大会となった。
人型ロボットが走るコースは、人間用のコースとは柵などで隔てられていたものの、全て同一のルートで、10数か所の曲がり角に加え、最大9度の斜度があり、風や太陽光のある通常の自然条件の中で、これらをどう克服しながら21.0975㎞の距離を走り切るかが注目された。
ロボットの中には、ひたすら走りに専念するものがある一方、周りをキョロキョロ見回したり沿道の観客に手を振ったりするものもあり、エンターテイメント性を感じさせる光景だった。一方で、スタート直後に倒れたり、暴走して柵に激突したりするもの、オーバーヒートを防ぐためスタッフから傘をさし掛けられて何とか走るロボットなどハプニングも多く、今回参加した20体のうち完走できたのは6体にとどまった。また、安全管理のためロボット同士がかなり間隔を空けて走行していたこともあり、レースとしての迫力にはやや欠ける印象だった。

北京ではこのほか、8月に2025世界ロボット大会、2025世界人型ロボット運動会など、ロボットをテーマにしたイベントが立て続けに開催された。その中では、ロボットによるサッカーやボクシング、陸上競技なども披露され、多くの人にロボットを身近に感じさせる機会となった。
また、実用化の面でも、今年は中国で人型ロボット「量産元年」と言われ、各所で人型ロボットが工場、物流、商店などの現場に導入されている。先日訪問した医薬品EC専用の物流倉庫では、人型ロボットが注文に従い棚から選別、ピックアップ、取出口への投入までの役割を担い、配達員とのスムーズな連携を実現していた。また、街中の無人コーヒースタンドでは、QRコードで注文された商品を専用マシンがつくり、それを人型ロボットが店頭まで運ぶという情景を体験することができる。
中国が自動運転や人型ロボットに注力する背景には、イノベーションによる新しい産業の創出という目的のほか、急速な高齢化と人手不足という切実な社会課題がある。
こうした中、国による手厚いサポートも背景に、豊富な資金と人材(特に理系人材)に加え、重厚なサプライチェーンの存在がイノベーションとそれを形にするものづくりを支えている。また、企業側も、未熟な部分があっても失敗を恐れず前に進み、現場でのテストを積み重ねながら、スピード感をもってコストダウンと大規模な社会実装を目指すマインドを持っている。
さらに、社会全体として新しい技術への受容性が高いことも感じる。中国では、今年からAIが小学校における必修授業科目となり、早くからこうした環境に慣れ親しむことで、未来の技術への適応能力を高めているとも言える。
今後、中国によるイノベーションの成果が世界標準になる日が訪れるかもしれない。日本においても、こうした未来の可能性を想定し、先見的な対応をとることが期待されるが、そのためにもまずは中国の今の状況を適切にウォッチすることが求められるだろう。
新規事業・イノベーション 