World View〈ヨーロッパ発〉シリーズ「ヨーロッパの街角から」第53回

採石湖のソーラープロジェクト ~太陽光発電と地域環境~

2025年12-2026年1月号

松田 雅央 (まつだ まさひろ)

在独ジャーナリスト

ドイツ南西部バーデン=ヴュルテンベルク州(以下、BW州)のレンヒェン(Renchen)にある湖は、採石によって生まれた人造湖である。このような湖は採石湖(バッガーゼー(注1))と呼ばれ、ここで稼働している浮体式太陽光発電(以下、FPV(注2)と表記)プラントは、2019年の建設当時はドイツ最大であった。環境に負荷をかける産業施設と太陽光発電(以下、PV(注3))というユニークな組み合わせに対し、他の湖でも採石事業者、PV事業者、自治体が強い関心を示している。今回はドイツの採石湖におけるFPVの先駆けとなったレンヒェン湖のプロジェクトに着目し、FPVと地域環境について広く考えてみたい。

利用のアイデア

ヨーロッパでは、河川沿いや河川が造った平野部で採石が行われている(写真1)。地下水位が高いため、採石が始まると自然に湖が出現する。レンヒェン湖に水路や川は通じていないものの、地下水には近隣の川に向かう水位の傾き(ゆっくりした流れ)があり、水は徐々に入れ替わる。レンヒェン湖の水脈が最終的に繋がるのは10キロ西を流れるライン川だ。

採石が続いている湖は、本来、他に使い道がない。危険なため一般人の立ち入りは制限され、公園や遊泳施設として開放するわけにはいかない。一方、すでに産業施設が稼働しているため、PV事業を追加することへの制約が少なく、またまとまった面積を利用しやすい。そこで、湖面にソーラーパネルを浮かべる大規模FPVのアイデアが生まれた。

FPVに最適

この採石場を経営しているOSSOLA(オソラ)社の事業所長グルント・フバート氏(写真2)に施設を案内していただいた。

フバート氏:「パネルは計2,304枚で、年間約835MWh(注4)の電力を生み出しています(写真3)。電力はまず採石場で消費し(2/3)、残りの1/3は売電です。パネルが直接水に触れているわけではありませんが、湖水の冷却効果により発電効率は7~10%アップし、とりわけ夏は効果的です」。

地元のエネルギー供給企業Erdgas Südwestとの共同事業として進められ、設計も同社が担当した。両者のCEOが知り合いだったこともきっかけになったという。年間約560トンのCO2排出削減効果をもたらしている。
浮体をつなぎとめるアンカーを打つのに手間取ったが、パネルの据え付け作業には9週間しかかからなかった。海と異なり水位が安定し、大きな波が起きないのもFPVには好都合だ。2019年5月の運転開始以来、DC/ACコンバーター(写真4)を一部交換した以外、目立った問題は起きていない。

困ることと言えば、浮体の上で休む鳥(主にカモ)のフン害が挙げられる。パネルが汚れると発電効率が下がり、腐食性があるので少なくとも年に1回は点検を兼ねて清掃している。
地上設置型に比べ建設費は15%ほどアップするが、採算性は充分だ。何より採石事業との相性が抜群だ。これは嬉しい誤算だが、世界的なエネルギー価格の高騰で収益が増加し、予定よりかなり早く建設費を回収できそうだという。

環境への影響

ヨーロッパでも特にドイツは環境保全に敏感だ。昔に比べ新規採石事業の認可を得ることは難しくなっているそうだが、FPV事業はどうだったのだろう。
フバート氏:「とりたてて障害はありませんでした。まず水棲生物、植物、鳥に対する影響が専門機関によって調査されました。森や自然を開発して作るわけではありませんし、農業など他の用途とも競合しません。採石に必要な電力を供給するのが第一の目的ですので、事業の延長と位置付けられ、採石が終われば撤去します。」。
土地の有効利用と産業活性化に寄与することから、地元自治体も支援しており、州の環境賞も受賞している。適度な日影が藻類の繁殖を抑え、その点では水質にいい影響を与えている。
一般人は立ち入れないが、地元の釣りクラブは利用できるそうだ。そういえば、水際に小屋や桟橋が点在している。フバート氏と話をしている途中、桟橋近くで泳ぐ人を見かけたが、これはあまりお勧めできない。おそらくクラブのメンバーで、柵のカギを開けて正規に入ってきたのだろうが、すべては自己責任だ。FPVの構造上、感電の心配はないものの、もし行方不明にでもなれば大騒ぎになる。そのあたりの意識は、管理者も利用者もおおらかなようだ。

地下水は公共の財産

砂と石が無くなった時点、あるいは数年ごとの採石許可更新を止めたところで事業は終わり、FPVの撤去も含め、事業者の責任において自然を復元しなければならない。そうした採石湖の多くは自然公園や遊泳施設として開放され、夏場は地元市民で賑わっている。水位が安定し、激しい水の流れが無いから比較的安全に水遊びが楽しめ、手近な余暇施設として親しまれている。
上水源の7割を地下水に頼るドイツにとって、その保護は昔も今も生活に直結する最重要課題だ。地下水は公共の財産とされ細心の注意が払われている。地下水の管理は、扱う土地の規模から、主に県単位(注5)で行われる。州単位の管理では広すぎて柔軟性に欠け、市町村単位では細分化されすぎて有効に対処できない。そういえば、軍用跡地の土壌汚染対策を取材した際、県の環境局に話を聞きに行ったことがある。
当プロジェクトの場合、所轄官庁は県の水利局になる。もちろん、県の他部局、州、地元市町村も関わってくるが、PV事業者にとっての総合窓口的な役割を果たすのは水利局だ。

莫大なポテンシャル

ドイツの主要な応用研究機関のひとつ、フラウンホーファー研究所ISEの資料(注6)によれば、世界的にみてもFPVはブームを迎えている。全世界で2014年に設置された総出力は10MWだったが、2023年には7.7GW、すなわち800倍近く成長している。これまでほとんど活用されてこなかった再生可能エネルギーの分野であり、カーボン・ニュートラルに有効で高いポテンシャルを秘めている。
採石湖はまさにその典型で、ドイツ全国の潜在能力を合計すると発電量は15TWhに達し、これは1GW級大型火力発電所二つ分に相当する。湖面利用の上限は法律で水面の15%に制限されているが、これが25%に緩和されれば発電量は2倍に跳ね上がる。採石湖のFPVプラントは、環境と経済の両面から注目を集め、プロジェクトの数は増えている。
フバート氏の話を聞きながら、なぜこれまで採石湖のFPVが本格化しなかったか、逆に不思議に思えてきた。フバート氏によれば「先例のない事業には誰しも尻込みするものです」。この点は、程度の差はあれ世界共通ということか。そうは言うものの、やはりドイツは環境分野で驚くような挑戦を続けている。こうしたパイオニアを生み育てる土壌が、環境大国たるドイツの底力なのだろう。
率直なところ、一般の人が採石事業にクリーンなイメージを抱くことはほぼないだろう。事業者にとっては、環境対策とカーボン・ニュートラルに取り組む姿勢をPRできるのも魅力である。パイオニアとして注目されているレンヒェン湖のプロジェクトは、今も見学問い合わせが多いそうだ。

(注1)Baggersee。採砂湖や採石跡湖とも呼ばれる
(注2)FPV(Floating Photovoltaic)
(注3)PV(Photovoltaic)
(注4)市民500人が1年間に家庭で消費する電力に相当
(注5)BW州における地方自治体の階層構造は「州、県、市・群、町村」のようになる。
(注6)Fraunhofer-ISE-Leitfaden-Floating-PV

著者プロフィール

松田 雅央 (まつだ まさひろ)

在独ジャーナリスト

1966年生まれ、在独30年
1997年から2001年までカールスルーエ大学水化学科研究生。その後、ドイツを拠点にしてヨーロッパの環境、まちづくり、交通、エネルギー、社会問題などの情報を日本へ発信。
主な著書に『環境先進国ドイツの今 ~緑とトラムの街カールスルーエから~』(学芸出版社)、『ドイツ・人が主役のまちづくり ~ボランティア大国を支える市民活動~』(学芸出版社)など。2010年よりカールスルーエ市観光局の専門視察アドバイザーを務める。