『日経研月報』特集より

ファイナンシャル・ウェルビーイングと金融経済教育の普及について

2026年2-3月号

佐々木 智晴 (ささき ともはる)

金融経済教育推進機構(J-FLEC)経営戦略部 経営企画グループ長

1. ファイナンシャル・ウェルビーイングとは

「ファイナンシャル・ウェルビーイング」という言葉を最近よく聞くようになりました。直訳すると「金融面の幸福」となりますが、国で明確な定義がなされているものではなく、金融経済教育推進機構(通称:「J-FLEC」(ジェイ-フレック。以下、J-FLEC)では、「自らの経済状況を管理し、必要な選択をすることによって、現在および将来にわたって、経済的な観点から一人ひとりが多様な幸せを実現し、安心感を得られている状態」と定義しています。

単純にお金だけがあれば良い訳ではなく、一人ひとりが置かれている環境に応じて、安心かつ豊かな生活を送るために、「金融面に関する知識と判断力」いわゆる金融リテラシーを身に付けていくことで実現していく望ましい未来像と言えます。
そのためには、①家計管理(収支のバランス)、②生活設計(望むライフプランを描く)、③必要に応じて資産形成(貯蓄や投資)を行いつつ、自身が不安・疑問に感じるものについては④外部知見(お金の専門家や公的機関)の活用を行うことで、経済面での不安を取り除いていくことが重要です。一人ひとり置かれている環境や望む未来は異なりますので、自分に合った学び・行動はどの様なものなのかを知るところからスタートしていただけたらよいのではと考えます。
J-FLECが提供している教育を通じて、金融リテラシーを高めることで、一人ひとりが描くファイナンシャル・ウェルビーイングを実現していただけたら幸いです。

2. 英国におけるファイナンシャル・ウェルビーイング

諸外国においても、ファイナンシャル・ウェルビーイングの重要性は高まっています。一例として、英国では、2018年に金融ガイダンス法に基づき、2019年に政府外公共機関(The Money and Pension Service:MaPS(以下、MaPS))が設立され、金融・年金関連の情報・ガイダンス・アドバイスの提供が開始されました。また、2020年1月には「The UK Strategy for Financial Wellbeing 2020-2030」が策定され、国家戦略の達成に向けた具体的な行動計画として公表されています。
同戦略では、子供や若者への金融教育を一丁目一番地である「金融の基盤」に位置付け、学校や家庭での知識・技能習得を推進するほか、貯蓄習慣や債務管理、将来設計の支援を含む目標を掲げ取り組むとしています。MaPSは教育手法に一部差異はあるものの、日本におけるJ-FLEC同様に官民連携での組織として、ファイナンシャル・ウェルビーイングの向上に資する取組みを実施しています。

3. 金融経済教育とは

(1)近年の状況

視線を日本に戻すと、従来からお金に関する教育の重要性は言われており、これまでも、政府・金融広報中央委員会・金融業界団体および個別金融機関などが、各々の取組みとして出張授業の実施、教材作成・提供、ウェブコンテンツなどでの情報発信、セミナーやイベントの開催、学校現場での教育活動支援など、さまざまな金融経済教育を展開してきましたが、金融広報中央委員会が行った金融リテラシー調査(2022年)では、金融経済教育を受けたと認識している人の割合は全体のわずか7%程度と道半ばの状況でした。一方、金融経済教育を行うべきと考えている人は7割を上回っており、金融経済教育に対するニーズは非常に高いにも関わらず、教育は行き届いていない状況でした(図3)。

(2)国を挙げての検討

この課題に対し、2022年9月より、金融庁の金融審議会市場制度ワーキング・グループ顧客本位タスクフォースにおいて、「金融リテラシーの向上」が議題の一つとして取り上げられました。議論においては、上記で述べた金融経済教育の進展の状況が確認されるとともに、全体的な教育活動の量の少なさや、「金融経済教育を実施する主体が民間の金融関係団体や個別の金融機関では、社会人を中心とする受け手に敬遠される場合もあるのではないか」といった点が指摘されました。さらに、政府、金融広報中央委員会、金融関係団体等による金融経済教育に関する取組みが十分調整されておらず、非効率的な面もあるため、諸外国の事例も踏まえ、関係者間での取組みの調整や業界横断的な取組みを進めることのほか、「金融経済教育を推進する主体の常設化が必要ではないか」との意見も出されました。
並行的に、政府の「新しい資本主義実現会議」下に設置された資産所得倍増分科会にて、国民の安定的な資産形成を支えるための課題として、金融機関が顧客本位で業務を行うことや、企業の持続的な成長を実現するための諸施策に加えて、国全体として、中立的な立場から金融経済教育の機会を提供するための体制を検討することも取り上げられました。それらの議論を踏まえ、2022年11月に「資産所得倍増プラン」が取り纏められ、官民一体となった金融経済教育を戦略的に実施するための中立的な組織として、「金融経済教育推進機構(仮称)」を設立する旨の方針が明記されました。

4. J-FLECの歩みと取組事例

(1)J-FLECの設立

2023年11月に金融サービス提供法(正式名称「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」)の一部改正法が成立しました。そして、この法律に基づく金融庁所管の認可法人として、2024年4月にJ-FLECが設立されました。英語名称は「Japan Financial Literacy and Education Corporation」です。
J-FLECの設立にあたって、教育体制の見直しとあわせて検討されたのが、「顧客の立場に立ったアドバイザー」の見える化です。金融分野は専門性や複雑性が高く、お金の運用などに関して心理的・感情的な要素にとらわれることがある点なども踏まえれば、中立的な組織や専門家に相談し、アドバイスを求めることがとても大切ですが、お金に関して専門家に相談した経験のある人は非常に限られています。
そこで、お金に関する悩みについて気軽に相談し、継続的に良質なアドバイスを受けられる環境を整備するため、J-FLECの主要事業において、一定の中立性を有し、顧客の立場に立っていると評価可能なアドバイザーを認定・公表するということとなりました。
また、金融サービス提供法に基づき2024年3月に閣議決定された「安定的な資産形成の支援に関する基本方針」において、金融経済教育を受けたと認識している人の割合を現状の7%から、2028年度末を目途に米国並みの20%に引き上げる旨が政府目標として掲げられました。この目標は、J-FLECだけの取組みで達成するものではないものの、国を挙げて金融経済教育を推進していくという決意表明となっています。

(2)J-FLECの取組み

J-FLECのミッションは、「一人ひとりが描くファイナンシャル・ウェルビーイングを実現し、自立的で持続可能な生活を送ることのできる社会づくりに貢献すること」です。私たちは生きていくために、日々お金を使っていますが、「どのようなタイミングでどの程度お金を使う予定か」、「そのためにはいつまでにいくら貯めておく必要があるか」、「そのために最適なお金の管理・運用方法は何か」について真剣に向き合ったことがある人は、実はあまり多くないかもしれません。
J-FLECは、一人ひとりがより豊かな暮らしを送るため、ご自身の生活設計にあった判断を行えるよう、お金に関する学びの場を日本全国に提供することを目指しています。
J-FLECが取り組む事業としては、上述した一定の中立性を有し、顧客の立場に立っていると評価可能なアドバイザーを認定・公表する「J-FLEC認定アドバイザー制度」を根幹として、主に、①講師派遣事業、②イベント・セミナー事業、③「J-FLECはじめてのマネープラン」無料体験(個別相談事業)、④「J-FLECはじめてのマネープラン」割引クーポン配布事業、⑤学校等への支援事業の5つの事業を行っています。

(3)J-FLEC認定アドバイザーの認定・公表

J-FLEC認定アドバイザーの認定に当たっては、①金融商品の組成・販売等を行う金融機関等に所属していないか、②金融商品の組成・販売会社から顧客に対するアドバイスの信頼性・公正性に影響を及ぼし得ると考えられる報酬を得ていないか等の要件に加え、家計管理、生活設計、NISA・iDeCo等の資産形成支援制度、金融商品・サービス、消費生活相談等に関するアドバイスを提供するために有益な資格、および一定の業務経験(原則として当該資格に関するもの)を有することとし、中立・公正な立場から教育・アドバイスを届けることができる方を認定・公表しています。2025年11月現在、1,334名のJ-FLEC 認定アドバイザーが登録しています。

(4)「学びの場」づくり

主要事業1つ目の①講師派遣事業では、全国の学校、企業、図書館・公民館などの地域コミュニティ等に講師を派遣し、金融経済に関する無料の出張授業・出張講義を行っています。この講師派遣では、年齢層別に最低限身に付けるべき金融リテラシー(お金に関する知識や判断力)を体系的に整理した「金融リテラシー・マップ」に沿った授業・研修を実施しています。
小中学生と大学生、若手社会人とベテラン社会人では、共通して知っておくべき知識と年齢層別に身に付ける知識は異なるため、J-FLECでは標準講義資料としてベースとなる講義資料を10種類作成しています。派遣先の要望に応じて、講義時間やテーマをカスタマイズできるようにしており、金融リテラシーの基礎を学べるものとしています。
J-FLEC発足以降、多くの講師派遣を実施しており、既にお申込み済みでこれから実施する件数も加味すると6,500件を超えます。できるだけ多くの方に教育を行き届けるために、個人が自身の学びのために見ていただくことは勿論、教育の担い手としての金融機関やそのほかの民間事業者などが自身で作成している教材を見直す場合や、新規で作成する場合の参考としても活用いただけるものとしています。
2つ目は②イベント・セミナー事業です。一般の方を対象としたセミナーや金融機関と共催した企業経営者・人事担当者向けのイベント、地方自治体と共催した親子向けのイベント、消費者教育に関する大学との共催シンポジウムなど、全国各地でお金に関する無料イベント・セミナーを開催しています。
なお、①講師派遣事業と②イベント・セミナー事業等の「学びの場」を提供していく取組みについては、年間実施回数1万回、年間受講者数75万人をJ-FLECのKPI・目標として掲げています。これまで金融庁、日銀、各業界団体で行ってきた教育回数(約5,000回、約30万人)を倍増させる意欲的な目標として、取組みを進めています。

(5)相談環境の整備

J-FLECの特徴的な事業として、主要事業3つ目の③「J-FLECはじめてのマネープラン」無料体験(個別相談事業)があります。学びを得た後に、自分事としてお金について考える際に、安心して相談できる先が必要です。しかしながら、多くの方はこれまでお金に関する相談をしたことが無く、お金に関するアドバイスの価値や意義をご存じないのが現状です。
そのため、J-FLEC認定アドバイザーのうち、更に厳しい要件を満たしたJ-FLEC相談員による個別相談(最大1時間、事前予約制)の無料体験を提供し、個人の状況に寄り添ったアドバイスをお届けしています。さらに、この個別相談とあわせ、お金に関する疑問や質問について、より気軽に相談できる電話相談窓口(最大30分、事前予約不要)も設置しています。すでに多くの方に個別相談を受けていただき、「自分の保有資産全体に対する考え方など大変有益なアドバイスがもらえた」、「プロのアドバイスなので信頼度が高く、個人面談なので自分自身の収支の状況などに即した話を聞くことができた」など、大変前向きな評価をいただいています。
また、自分事として、より詳細なアドバイスを受けたい方には、主要事業4つ目の④「J-FLECはじめてのマネープラン」割引クーポン配布事業を提供しています。J-FLEC認定アドバイザーの公表リストからご自身でクーポン対象事業者を選び、個別相談(有料)を受けていただくことが可能です。その際、はじめての相談に対して相談料の8割(ただし、補助金額の上限は24,000円)を補助しています。

5. ファイナンシャル・ウェルビーイング実現に向けた3ステップ

J-FLEC設立から1年が経ち、少しずつJ-FLECとしての認知、講師派遣や無料相談等の実施回数も増えてきておりますが、これから国を挙げて金融経済教育を推進していくためには、より多くの方に知っていただく・体験していただくことが重要です。
また、一人ひとりが描くファイナンシャル・ウェルビーイングを実現していくためには、学びの機会を得ることとあわせ、自分事として家計管理や生活設計を考えること、将来の目標に向けた資産形成を考え、取り組むことで、個人の金融意識・行動変容に繋げていくことが重要と言えます。一人ひとりの置かれている現状、課題は異なりますので、一足飛びに解決を目指すのではなく、丁寧に1つ1つステップを踏んでいけるよう、J-FLECは取組みを拡充していきます。

6. 学びの機会をすべての人に

これらの取組みは、まだまだ道半ばではありますが、全国の学校、企業、図書館・公民館などの地域コミュニティ等や自治体などとの連携を深め、全国規模で「学びの場」と「相談の場」を広げている最中です。また今後の施策として、対面での受講・相談だけでなく、オンラインで視聴可能な動画コンテンツの提供にも本格的に取り組んでまいります。ファイナンシャル・ウェルビーイングを向上するための学びを、時間や場所の制約なく柔軟に機会提供できることが取組みの拡大には必要と考えています。こうしたオンラインによる教育機会の拡充は、一人ひとりが置かれている環境(地域・企業規模・雇用形態など)による格差を埋め、より広範な層にアプローチする手段になると考えています。
ここ1年だけでも、金融・経済を取り巻く環境はめまぐるしく変化しており、金融経済教育に関する情報も常に最新化が求められています。1度学んで終わりではなく、自分の置かれている環境が変わるタイミングや数年に1度などの定期的なタイミングで都度情報をアップデートしていくことが重要となります。
国民の金融リテラシー向上を目指すためには、全ての金融経済教育をJ-FLECだけで賄うのではなく、民間金融機関や教育機関、関係行政機関とその地方部局、地方公共団体、経済団体、都道府県金融広報委員会等がしっかりと連携を取りながら、全国において誰一人取り残すことなく定期的に金融経済教育を受ける機会が提供されるよう、取り組んでいくことが求められています。
J-FLECとしても、学びの歩みを止めず、国民やJ-FLEC認定アドバイザー、金融機関、その他関係団体とともにこれからも成長していきます。J-FLECの活動の詳細については、J-FLECの公式ウェブサイトやSNSの公式アカウントでお知らせしていますので、是非定期的にチェックしていただければ幸いです。

著者プロフィール

佐々木 智晴 (ささき ともはる)

金融経済教育推進機構(J-FLEC)経営戦略部 経営企画グループ長

2005年、日本生命保険相互会社に入社。営業職員教育、労務・人事、法人営業を経験後、2023年7月より金融庁に出向。総合政策局総合政策課にて、J-FLEC設立準備として主に教材制作を担当。2024年7月より現職。J-FLEC全体の企画立案、広報活動、監督官庁対応を担当。