『日経研月報』特集より
ISO 25554でつくる「幸せを実現するコミュニティ」~自分で決めて、毎日一歩前進~
2026年2-3月号
1. はじめに
ISO 25554:2024は、ウェルビーイング(幸せ・健康・安心)を自ら定義し、実装し、進化させるための国際標準である。この規格は、国際的な議論を経て「ウェルビーイングとはなにか」という多様な考え方を統合し、共通の枠組みとして策定されたものである。
人生100年時代、企業やコミュニティが持続的に価値を創出し、ウェルビーイングを高めるには、組織内外の多様な関係者が協力するエコシステムが不可欠である(Teece, 2016)。企業、自治体、NPO、教育・医療機関、金融機関などが連携し、情報・人材・資源・データ循環を設計・運用することで、社会的価値と経済的価値の両立を目指すことができる。
日本社会では少子高齢化や地域経済の縮小などの課題が顕在化しており、特に高齢者の社会参加や生きがいの創出が重要なテーマとなっている。こうした課題に対応するためにも、エコシステム型の価値共創が求められる。
このような背景から、ISO 25554は、ウェルビーイングを理念から実践へ移行するための国際標準として、企業や地域コミュニティが持続可能な幸福を実現するためのプロセスを示そうと開発された。不確実性が高まるVUCA時代において、こうした標準はリーダーシップの新しいスキルとも親和性が高い(Johansen, 2012)。
本稿では、企業事例と地域事例を融合したハイブリッドモデルを、理想的な企業と地域との取組みとしてモデル企業の事例を用いて紹介してみる。筆者は研究者であり、ビジネスの専門家ではないが、このISOを取りまとめた議長として、理想的かつ現実的な姿を描きたい。この事例は、ISO 25554の理念を現場でどう実装できるかを示す実践的なヒントとして、企業が自らのウェルビーイング経営を推進しながら、地域社会の課題解決に貢献する新しいアプローチの提案となることを期待している。
2. モデル企業のビジョンの設定とハイブリッドモデルの概要
2.1 モデル企業のビジョンとハイブリッドモデルを始めるきっかけ
モデル企業は、デジタルインフラを基盤としたコンサルティングビジネスを展開する架空の中堅企業を想定した。同社は「テクノロジーで人と地域を幸せにする」というビジョンを掲げ、ISO 25554を経営戦略に組み込むことを決断した。その背景には、次の課題意識があった。同社が地域支援に踏み出した契機は、ある地域で進められていたウェルビーイング活動に触れたことだ。高齢化や医療負担への主体的な取組みに共感し、「企業のデジタル基盤で地域モデルを強化できる」と考えた。
2.2 ハイブリッドモデルの概要
モデル企業は、ISO 25554のプロセスに沿って、自社のウェルビーイング戦略と地域支援モデルを統合した。具体的には次のような取組みである。
(1)モデル企業側の取組み
社員の健康、働きがい、社会的信頼を高めるため、SDGsに沿った17のウェルビーイング目標を設定し『健康』『働きがい』『社会信頼』『地域貢献』『データガバナンス』の5領域に整理した。これらの領域に関連する定量・定性計測項目を設定し、データ駆動型の評価指標を導入し、5領域の目標に従ってPDCAを回す社内環境を整備した。地域のウェルビーイング推進事業の支援のために、社内横断チームと外部パートナーが協働する仕組みをエコシステムとして構築した。
(2)地域側の取組み
医療・食・運動・コミュニティを統合した健康支援モデルを、モデル企業のデジタル基盤で強化した。モデル企業は、自治体・医療機関・中小企業・住民が連携するデジタル基盤として、クラウド型健康データ管理、地域SNS、IoTデバイスを活用し、自治体・医療機関・中小企業・住民が連携するシステムを提供した。
(3)地域における具体的な活動例
地域の複数の飲食店で減塩メニューを提供する取組みをモデル企業のデータ分析で効果測定することにより、健康意識の高まりと、減塩メニューの健康状態の改善効果の検証を実施する。フィットネスジムや温泉施設の利用データをクラウドで集約し、住民の活動度と健康状態を可視化し地域全体の健康指標を構築する。地域イベントの参加状況を企業のCSR指標に反映し社員ボランティア活動と連動させる。これらの活動などさまざまな地域の取組みの効果をデジタル基盤の上で評価し、地域全体で目標を持って改善していくことができるようになる。
3. ISO 25554のウェルビーイング推進フレームワークの概要
これらの具体的な取組みを支えるのが、ISO 25554のウェルビーイング推進フレームワークである。ISO 25554のウェルビーイング推進フレームワークは、コミュニティが自分たちのウェルビーイングについて、理念から実践へ移行させるための仕組みを体系的に示している。現場で納得感を持って行動できるゴールを、リーダーと構成員の対話による合意形成で設定し、ゴール設定から評価指標の設計、サービスの具体化、成果の評価、改善までを論理的に結びつけている。
実践プロセスは、図1の右端から開始し、コンセプトを決めたうえで、目標設定、評価指標の設計、計測項目の選択、サービスデザイン、そこから右に向かってサービスの提供、計測と成果の評価、そして目標と評価値を比較して、サービスの最適化や計測・評価の変更などの改善策を検討するというPDCAサイクルで構成される。主観的・客観的な手段で成果を測定し、サービスや評価指標を見直しながら継続的に改善を図ることで、ウェルビーイング推進が一過性の活動ではなく、進化し続ける仕組みとなる。

フレームワークの持続的運用には、組織的な責任と体制、サービス管理、構成員とのコミュニケーション、リーダーシップ、データ管理が不可欠である。リーダーは方向性を示し、対話と合意形成を促進し、評価結果を共有しながら改善を主導する。データ管理は透明性と信頼性を確保し、プライバシー保護や国際標準への準拠も求められる。
全体像は先程記したPDCAサイクルにより標準化されており、コミュニティ主体で持続的に運用できるプロセスとなっている。
モデル企業は、このフレームワークを企業内と地域支援の両方に適用している。同社は、ゴール設定から評価指標の設計までをクラウド基盤でデジタル化し、社員のウェルビーイング指標と地域の健康データを統合管理する仕組みを構築した。これにより、PDCAサイクルの「評価」と「改善」が半ば自動化され、リーダーは戦略的な改善に集中できる。また、社員は自分自身の状態と地域への貢献度を可視化しながら取り組むことが可能となった。このように、ISO 25554の理念をデジタル技術で強化することが、企業と地域のハイブリッドモデルの中核を成すと考えられる。
4. ISO 25554のフレームワークを実践するために
ISO 25554を実践するためには、フレームワークを基盤とした具体的な運用プロセスが重要である。本章では、ウェルビーイング推進における定義、リーダーシップ、運用プロセス、データ活用の4つの視点から解説する。
4.1 幸せ・ウェルビーイングの定義とコミュニティの本質
ISO 25554におけるウェルビーイングは「快適で、健康で、幸福な状態」と定義されるが、具体的な内容は各コミュニティが使命や価値観に基づき合意形成し、独自に設計・推進することが重視される。SDGs(United Nations, 2015)やWHOのHealthy Ageingの理念と整合している(ISO 25554:2024; WHO, 2025)。
モデル企業はこの考え方を企業経営に取り込み、社員と共にウェルビーイング目標を設定し、地域の価値観と共有することで、双方に納得感のあるゴールを形成している。
4.2 主体性を担保するリーダーシップと合意形成
ウェルビーイング推進には、リーダーが方向性を示し、構成員との対話を重ねて合意形成を促進することが不可欠である。トップダウンではなく、現場の声を丁寧に拾い上げ、全員が納得できるゴールを共に作り上げるプロセスが重視される。
モデル企業は、地域リーダーの伴走者として、デジタル基盤を提供し、オンライン合意形成ツールやデータ可視化を活用することで、対話の質とスピードを高める役割を担える。このプロセスではシステム提案と同時にコンサルタントとしての対話の支援が重要となる。
4.3 実践フレームワークの運用プロセス
コミュニティは、ゴール設定と合意形成を出発点とし、活動やサービスを展開し、主観的・客観的なデータを収集して成果を評価する。評価結果をもとに課題や改善点を抽出し、PDCAサイクルを持続的に回すことで、コミュニティは進化し続ける。
モデル企業では、クラウド型データ管理とAI分析を活用し、地域の活動データを自動集約・分析する仕組みを構築。これにより、評価と改善が迅速化し、地域リーダーは戦略的な意思決定に集中できる。
4.4 データと対話による継続的改善
ウェルビーイング推進を持続的に進化させるためには、データと対話を基盤とした改善の仕組みが不可欠である。主観的計測値と客観的計測値を組み合わせてデータを収集・分析し、その結果を評価指標で表現しゴール達成度と結びつけたダッシュボードに統合することで、構成員全員が現状を共有し、対話を通じて課題抽出と改善策の合意形成を進める。
モデル企業は、地域と企業双方のデータを統合したダッシュボードを提供し、社員と地域住民が同じ画面で進捗を共有できる仕組みを実現している。AIによる予測分析を活用し、改善策の提案を自動化することで、ウェルビーイング推進を一過性の施策から進化し続けるプロセスへと転換している。
5. ウェルビーイングを実現するエコシステム――ISO 25554と共創・循環のデザイン
エコシステムとは、企業、地域、行政、金融など多様な主体が補完し合いながら価値を共創し、持続的に進化する仕組みである。企業と地域の連携モデルは、ビジネスエコシステム理論(Teece, 2016; Jacobides et al., 2018)や価値共創の考え方(Prahalad & Ramaswamy, 2004)に基づく。ISO 25554は、この設計における共通言語として機能し、目的や価値観の共有、データと対話による循環、ダッシュボードによる可視化を通じて改善を促す。
エコシステム構築には、専門性の異なる主体が参画し、分業を越えて強みを活かし合うことが求められる。目的や価値観の共有、データと対話による循環、ダッシュボードによる可視化、全員参加型の議論を通じて、改善策を決定し進化を促す。高齢者の社会参加と価値創出も重要であり、地域見守りや伝統技術の継承など多様な活動を通じて新たな価値が生まれる。企業や自治体、NPOは高齢者が参画しやすい環境や機会を提供し、役割分担や協働の場を広げることが求められる。
ここで、モデル企業は、エコシステムのキーストーン(Iansiti & Levien, 2004)として、クラウド型データ基盤とAI分析を提供し、金融機関・行政・NPO・教育・医療機関をつなぎ、パートナーが価値を創出できる環境を整備する役割を担う。例えば、AIによる健康リスク予測モデルを提供し、地域の健康データを企業のダッシュボードに統合し、社員と地域住民が同じ画面で進捗を確認できる仕組みを構築している。これにより、ISO 25554のPDCAサイクルが企業内部だけでなく、地域行政の意思決定に役立つなど地域全体に拡張され、改善策の合意形成が迅速化する。
金融機関は資金提供だけでなく、社会的インパクト評価やネットワーク支援を行い、行政は公共資源の活用や規制緩和で後押しする。NPOは住民の声を集めて現場のニーズを企業や行政に伝え、教育・医療機関は専門知識や人材育成、成果評価を担う。こうした多様な主体が連携することで、エコシステム全体の価値創出と持続的な進化が実現される。
ISO 25554のPDCAサイクルは、企業内部だけでなく外部パートナーとの連携によって拡張される。成果や課題をダッシュボードで共有し、全員参加型の対話を通じて次のアクションを決定する「データと対話による循環」が、エコシステム全体の持続的な進化を支える。
また、エコシステムの成熟には、成功事例と失敗事例の共有による学習サイクルが不可欠である。モデル企業は、地域プロジェクトの成果を分析し、改善策を提案することで、他地域や他企業への展開を支援している。
6. ウェルビーイング推進のためのマーケティング・ブランディング・投資戦略
ウェルビーイングを軸としたエコシステム共創は、企業や地域にとって社会的価値と経済的価値の両立を実現する戦略である。成果は閉じたコミュニティに留めず、社会に広く発信し、仲間を増やしながらスケールアップすることが、コミュニティの成長のために重要となる。ウェルビーイングマーケティングは、共創の成果を社会的信頼とブランド価値に転換し、顧客・人材・投資を呼び込む活動である。
モデル企業の実践例としては、地域プロジェクトの成果をクラウド型ダッシュボードで可視化し、参加率・満足度・健康指標・経済効果を定量データとして公開。さらに、社員や地域住民のストーリーをSNSや企業サイトで発信し、共感を生むコンテンツを展開している。これにより、ウェルビーイング推進が「企業の姿勢」として社会に認知され、ブランド価値の向上につながっている。
情報発信は企業のウェブサイトやSNS、地域メディア、業界イベント、国際会議など多様なチャネルを活用し、ウェルビーイングを軸とした企業の姿勢を社会に示すことが求められる。ウェルビーイング指標の活用は、OECDのBetter Life Indexや国連SDGsに沿った国際的潮流と一致する(OECD, 2025; 日本総研,2025)。モデル企業としては、ISO 25554の指標を活用したレポートを投資家向けに公開し、ESG評価や社会的インパクト投資の対象として注目を集めることができれば効果的であろう。
健康経営やESG、サステナビリティ経営、CSRとの連動は、企業の社会的責任を明確にし、信頼を高める要因となる。企業がウェルビーイングを推進する姿勢は、顧客にとって「選ばれる理由」となり、従業員にとって「働く誇り」となる。また、投資家にとっては、投資先の企業の持続可能な成長を見極める指標として評価される。
このように、ISO 25554のフレームワークを活用し、成果を定量化しながらエコシステム全体の価値を「見える化」することで、社会的信頼と経済的成長を同時に実現できる。
7. おわりに/まとめ――「自分で決めて、毎日一歩前進」
冒頭で述べたとおり、ISO 25554は、ウェルビーイング(幸せ・健康・安心)を自分たちで定義し、実装し、進化させるための国際標準である。理念だけでなく、合意形成・ゴール設定・評価・改善のサイクルを誰もが参加できる共創のフレームワークとして提供する点が本質である。ここに至ったのは第1回目の国際会議で「ウェルビーイングとはなにか」という各国の紹介と議論を行った際に、さまざまなウェルビーイングの考え方が各国から提示され、フレームワークが共通点として残って規格化された、という経緯からであり、まさに国際議論の結果として結実した本質である。
幸せは一人で完結せず、みんなで作り上げるものという考え方が根底にあり、リーダーと構成員が対話を重ねて納得感のあるゴールを決めるプロセスが、コミュニティの力を引き出し、成長や前進を実感できる土壌となる。
本稿では、ISO 25554の理念とフレームワークを起点に、ウェルビーイング推進、エコシステム型価値共創、企業と地域の連携、マーケティング・投資戦略まで、理論と実践の両面を示した。モデル企業の事例は、企業が自らのウェルビーイング経営を推進しながら、地域社会の課題解決に貢献する新しいアプローチを具体化したものである。
今後は、ウェルビーイングは企業経営の中核となり、ISO 25554を活用したコミュニティ設計やエコシステム設計は、地域課題の解決やコミュニティを持続可能にする経営に直結するようになっていくだろう。重要なのは、理念だけでなく、データと対話を軸にした循環型の仕組みを構築し、誰もが主体的に参加できる場を広げることである。また、地域自治体においては、国や自治体の幸福度指標活用の動き(デジタル庁,2025)と連動していくため、ISO 25554を基盤としたエコシステム設計が活用されることが期待される。
ISO 25554は、企業と地域を結ぶ共通言語であり、進化し続ける仕組みである。ウェルビーイング重視社会を目指して、企業も地域も、今日から一歩を踏み出してほしい。主体的な行動が、持続可能なウェルビーイングの未来を切り拓く。

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241209/pr20241209.html
参考文献
デジタル庁. (2025). 地域幸福度(Well-Being)指標の活用促進に関する検討会. https://www.digital.go.jp/councils/digital-garden-city-nation-wellbeing
Iansiti, M., & Levien, R. (2004). The keystone advantage: What the new dynamics of business ecosystems mean for strategy, innovation, and sustainability. Harvard Business School Press.
ISO. (2024). ISO 25554:2024 Ageing societies ― Guidelines for promoting wellbeing in communities. International Organization for Standardization. https://www.iso.org/standard/82399.html
Jacobides, M. G., Cennamo, C., & Gawer, A. (2018). Towards a theory of ecosystems. Strategic Management Journal, 39(8), 2255–2276. https://doi.org/10.1002/smj.2904
Johansen, B. (2012). Leaders Make the Future: Ten New Leadership Skills for an Uncertain World. Berrett-Koehler Publishers.
OECD. (2025). Measuring well-being and progress. https://www.oecd.org/en/topics/measuring-well-being-and-progress.html
Prahalad, C. K., & Ramaswamy, V. (2004). Co-creation experiences: The next practice in value creation. Journal of Interactive Marketing, 18(3), 5–14. https://doi.org/10.1002/dir.20015
Teece, D. J. (2016). Business ecosystem. In Palgrave Encyclopedia of Strategic Management. Palgrave Macmillan. https://doi.org/10.1057/978-1-349-94848-2_309-1
United Nations. (2015). Transforming our world: The 2030 Agenda for Sustainable Development. https://sdgs.un.org/goals
World Health Organization. (2020). Healthy Ageing and Functional Ability. https://www.who.int/news-room/questions-and-answers/item/healthy-ageing-and-functional-ability
日本総研. (2025). Beyond GDPとウェルビーイング指標. 日本総合研究所. https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/viewpoint/pdf/15032.pdf
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