シリーズ「AI×○○」第3回

AI・データ活用によるビジネス価値創出 ~業務改革に必要な地に足のついたアクションとは~

2026年2-3月号

板井 光輝 (いたい みつてる)

株式会社日立システムズ シニア・データサイエンス・エキスパート

1. はじめに

本稿の読者は、近年の産業界におけるAI・データ活用(AIサービスやデータサイエンスなど)にどのような印象をお持ちだろうか? 「AIエージェントにより、業務プロセスが劇的に効率化した」といった効果を実感している方もいれば、「AIができることは限定的であり、ハルシネーションは看過できない」のように懐疑的な印象を持っている方もいることだろう。AI・データ活用に対して、読者の部署内でも賛否両論があるのではないだろうか。
一方で、業務の責任者には、周囲の意見やバイアスに流されることなく、AIサービスやデータサイエンスの価値とリスクを正しく理解したうえで、成果につなげるアクションが求められる。そこで本稿では、「AIによる業務改革」を担う方に向けて、AI・データ活用をビジネス価値創出へつなげるために押さえておくべきことを述べる。

2. 産業界におけるAI・データ活用への期待感

産業界は、人材・人手の不足や原価高騰など、厳しい環境の中にある。シビアな環境の中で多様な課題に対応し市場競争を生き抜くうえで、AIエージェントなどの生成AIサービスや、戦略的に業務プロセスを変革するAIシステムは重要な意味を持つ。
読者は、AI技術による生産性向上、業務効率化、データドリブン経営を実現した事例を見聞きしていることだろう。これらの導入目的は、苦しい状況の打破や、新たなバリューをデザインし、さらなる成長につなげることなどあるが、いずれも、DX組織を持たない事業会社が自社リソースのみで対応するのはハードルが高い。こうした中、DX組織を抱えるITサービスベンダーやAIベンチャーから、多様なAIサービスやAIシステムが続々とリリースされている。例えば、生成AIサービスでは、バックオフィス業務支援(議事録・報告書作成、コールセンター対応など)、ソフトウェア開発業務支援(プログラミングコードの生成・テスト自動化、仕様書作成など)、データ分析レポートの作成支援などがある。また、AIシステムでは、多様な業種のコア業務を変革する異常検知AI(図1)などにより、専門的な知識・スキルが必要とされている領域の一部あるいは大半が、代替可能となっている。

最先端のAI技術により、棚上げ状態だった経営課題が解決し、業務担当者はより創造的かつ付加価値の高い実務に集中できるとされている。産業界にとって、AI・データ活用が、新たな価値創造の基盤となりつつあるが、一方で、自社に目を向けてみてほしい。果たして、「AIによる業務改革」は容易だろうか?

3. AIによる業務改革のために必要な方策

「業務プロセス効率化のため、最先端のAIサービスを導入。苦労してPoCをクリアしたのに、期待した成果は得られなかった」、「運用は自社で行う想定だったが、運用環境の整備に膨大な工数を要し、本業に集中できない」といった声は珍しくない。一般に、AIエンジニアリングやデータサイエンスでは、高コストや失敗を覚悟しなければならないため、経営者や事業責任者としては避けたいところだろう。「競合他社でビジネス適用の実績があるAIサービス」を低コストで業務に適用し、業務プロセスを改革したい。そのように考えるのは無理からぬことである。
しかし、AIサービスやAIシステムの導入は一筋縄ではいかない。AIには、固有の適用条件が存在する。業務適用に向けてAIに学習させるデータについては、管理方法、質、量のいずれか1つでも適用条件を満たさない場合、十分な効果は得られない。そのため、導入前にベンダーと連携して適切なアセスメントを行い、課題があればデータサイエンスやシステムエンジニアリングを依頼して解決する必要がある。また、成果を出すためのコアとなるのは、業務担当者の知識・スキルであるため、高度な業務知識とAI活用スキルを有する人材の育成や組織運営など、地に足のついた戦略策定が肝要となる。
「競合他社を変革したAIサービス」が、労力や工夫を要することなく、自社も変革してくれるとは限らない。それでは、AIサービスやAIシステムの導入に向けてどのような問題があり、どのような解決策があるのか? 数ある中から、ビジネス上の汎用性が高い“異常検知AI”と“数理最適化”の2点に絞り、地に足をつけたAIによる業務改革事例として製造業での活用シーンを取り上げる。

4. 異常検知AIによる設備管理~多台数機器の保守業務革新~

製造業の現場では、設備機器のIoT化が進み、膨大なデータが日々蓄積されている。しかし、従来の異常検知AIは「少数の大型設備」向けが主流であり、「多数の中・小型設備」や拠点ごとに運用環境・稼働条件が異なる機器への対応は困難である。
設備管理の異常検知AI導入には3つの問題(図2)が存在する。1つ目は「機器ごとに異常検知AIを運用する必要があるため、機器の台数が増えるほど監視やメンテナンスの負担が増大する」ことである。2つ目は「地域や設備ごとに“正常”とされる状態が異なるため、まとめて学習すると誤検知が多発する」ことである。北海道と沖縄では外気温が異なるし、昼間稼働の設備と24時間稼働の設備では稼働条件が異なる。これらを区別せずに学習させてしまうと、狼少年のようなAIに大切な設備管理を託すことになる。3つ目は「AIに学習させるために、各機器の“正常な期間”を人が選定し、ラベル付けを行う作業が必要だが、属人化と膨大な工数を要する」ことである。例えば、機器が100台ある場合、各機器のセンサーデータを目視確認し、機器ごとに“正常な期間”を選定しなければならない。これら3つの問題は、人材・人手不足の中で設備管理の効率化を図る際の大きな障壁となっていた。

筆者の所属する日立システムズでは、異常検知AI導入の3問題に対して、独自開発した異常検知AI技術による解決策を提案している。本技術は、機器の特性、地域、稼働条件などの情報を考慮して機器を自動でグループ化し、各グループを代表する一部の機器のみ人が“正常”期間をラベル付けすることで、残りの機器の“正常”期間を自動で推定する。これにより、100台以上の機器を一括で管理し、個々の機器特性や地域差を考慮した異常検知を、信頼性を担保したうえで低コスト・低負荷で実現できる。運用中も、設備の状態変化に応じてAIが自動でモデルをアップデートしていくため、AIやデータサイエンスに精通した人材が不在の現場でも、長期間の運用が可能である。また、設備製造業であれば、本技術を製品に組み込むことで、自社設備管理における運用負荷を減らすだけでなく、「異常検知機能付き設備」として新たな付加価値を提供することができる。これにより、顧客の設備管理負荷を軽減し、アフターサービスの効率化や設備の差別化も可能となり、設備データを活用した新たなサービスや、リカーリング型のビジネスモデルの創出につなげるビジョンが見えてくるだろう(参考文献[1])。

5. 数理最適化による生産計画最適化業務の変革~“工場長の匠の技”のAI自動化~

本稿の読者は「数理最適化」という技術をご存じだろうか? 数理最適化は、情報科学などの分野で古くから研究されている技術だが、近年はその応用範囲が拡大している。製造業では生産計画の立案支援、物流業では配送ルートの最適化、小売業では在庫管理の最適化など、複雑なビジネス課題を迅速かつ的確に解決するための新たなアプローチとして活用が進んでいる。
数理最適化のビジネス利用は大企業が中心だったが、近年、中堅・中小企業にも広がりつつある。数理最適化はどのようにビジネスを変革するのか。ここでは、製造業で一般的に利用される「生産スケジューラー」と比較して説明する。生産スケジューラーは、必要生産量と生産リソース(人員・設備・材料など)から生産計画を立案するシステムである。必要生産量や生産リソースはパラメーター化されており、ここに自社のデータを入力すると最適化された生産計画を出力する。システムに搭載されているパラメーターが自社の業務にうまく適合すれば、低コスト・短期間で成果を得ることができる。しかし、適合しない場合は、カスタマイズ費用の増加、業務適用の難化などにより導入を断念することもある。これに対して、数理最適化による生産計画の立案では、パッケージ化されたシステムと違い、オーダーメイドで仕組みを構築する。企業ごとに異なる必要生産量や生産リソースを、汎用的なパラメーターではなく、その企業だけの固有の数式群として表現し、それらを数理最適化のアルゴリズムや技術が組み込まれたエンジンに実装し、計算することで最適化された生産計画を導き出す(図3)。

近年は、数理最適化アルゴリズムの進化に加え、大規模データ処理能力の向上、さらに、AIとの連携が容易になったことなどにより、数理最適化がビジネスのさまざまなシーンで成果に貢献しやすくなっている。過去に生産スケジューラーなどのパッケージシステム導入により業務課題の解決を試みたものの、思うような成果が出ず断念したのであれば、数理最適化のアプローチで課題に再挑戦することは、十分に価値のある取り組みと言える(参考文献[3])。

6. AI・データ活用によるビジネス価値の創出に向けて

本稿では、厳しいビジネス環境の中で改革に取り組む業務責任者に向けて、多様な課題の解決や新たな価値創出のために取るべき方策と、AI・データ活用において留意するべきことを述べた。「競合他社の動向に左右されない揺るぎないポリシーの下、自社にとっての価値とリスクを把握したうえで、AIサービス・AIシステムを見極め業務に適用する」。これを念頭に置き、AIによる自社業務改革の実現に向けて、地に足のついたアクションを起こすことが重要である。

参考文献

[1] ―多種多様なビジネス課題をAIで解決―AIビジネス活用のメインストリーム、プロが勧める「異常検知」に迫る
https://www.hitachi-systems.com/dx/column/abnormality-detection/
[2]「もう休日出勤せずに済む」計画業務の意思決定を支援し、属人化からの脱却を実現する「数理最適化AI」とは?
https://www.hitachi-systems.com/dx/column/mathematical-optimization/
[3] 日立システムズ 製造業向けIoTソリューション 生産計画最適化支援サービス
https://www.hitachi-systems.com/sp/iot/solution/ppopt/

著者プロフィール

板井 光輝 (いたい みつてる)

株式会社日立システムズ シニア・データサイエンス・エキスパート

2013年日立システムズ入社、2016年よりデータサイエンティスト。
同社課長相当職、部長相当職を経て、2024年より現職。
大阪大学招へい教授、人工知能学会理事などを兼任。
AI・DS技術活用における総合的な指導・助言を行うアドバイザーであるとともに、中高生、大学生、研究者、企業関係者、教育関係者などへ実践的スキルや指導法を伝えるDS教育者としても活動。
人工知能学会「産学クロススクエア」コーディネーター、「西日本アライアンス大学間共同PBL」DS実践指導者、「神戸大学中高生データサイエンスコンテスト」監修者・審査員など。