『日経研月報』特集より

ホッとコラム

幸せの古墳探し ~イマジネーションの翼を広げる~

2026年2-3月号

塙 賢治 (はなわ けんじ)

一般財団法人日本経済研究所(『日経研月報』編集長)

「定年後の幸せな場面を想像してください。どんな情景が思い浮かびますか?」かつて受講したライフプラン研修でのひとコマだ。目を閉じてイメージした情景は……

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 セミの声が聞こえてきた。暑い夏の日のようだ。風景も見えてきた。林か丘か、いや違う。目の前にあるのは古墳だ。こ、これは珍しい。帆立貝形墳ではないか。「この辺りの古墳は制覇したぞ!」自分が喋っている。ふ、老いたらこんな声なのか。「おめでとう!」ん、家族も祝福してくれているのか……

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研修受講後、今後の目標を「古墳制覇!」に設定した。だが、状況認識がだいぶ甘かった。まず時期である。ここ数年は猛暑続きだ。日影が少ない場所での長時間滞在は熱中症リスクが高い。真夏の探訪は極力避けている。二つ目は同行者だ。私の家族は古墳への熱情がやや薄い。最近は無理に誘わず、孤独を楽しんでいる(負け惜しみではない)。「おめでとう!」は自分Bの台詞だったようだ。三つ目は古墳数の読み誤りだ。文化庁統計をみると一都三県で約1.8万基もある。年中無休で1日5基訪れても約10年かかる。全国だと約16万基、コンビニ店舗の3倍近くだ。制覇は無理だ……と途方に暮れたが、幸い、目標が曖昧だった。古墳の前に「珍しい」を加え、主要三墳(円墳90%、方墳6%、前方後円墳3%)の大部分を除こう。これぞアジャイル手法だ(その場しのぎではない)。目標設定時にまず基本データを抑える、仕事にも役立つ教訓だ。だが、窓際族の私が張り切ると社内に無用の混乱を招く。前回の駅伝データ同様、古墳データもほどほどに眺めておこう。
「古墳に行って何が楽しいのか?」と周囲の方からよく聞かれる。まず、下調べするのが楽しい。地図や本、写真を見て空想を膨らませる時はワクワクする。
現地に赴いたら周囲を歩き、上から見た姿を思い描く。ヘリや気球は使わない。イマジネーションを広げるのだ。例えば、前方後円墳は鍵穴だ。向きを確認し、空想世界で上から鍵を差し込んでみよう。何が出るかな♪幸せ出るかな?他に珍しい形では上円下方墳(3D実装)、八角墳(令和に黄泉返った白亜のピラミッド等)、双円墳(8または∞)等がある。今度行きたいのが🍬みたいな形の双方中円墳だ。包み紙をとると、幸せの香りがするのだろうか。
次に、古墳の傍に腰をおろし、横から見る。そして建設当時に思いを馳せる……

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 石を運ぶ人々が沢山いる。無理やり狩り出されたのか。過酷な環境で皆ふらふらだ。あ、誰か倒れた。「●様の墳墓建設だぞ。早く立て!」鞭で打たれた。う、むごい。その人が「旅のお方、助けてください!」と近寄ってくる。ん、私が救世主? ♪(イントロ)……

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愛を取りもど……いや違う、昔の漫画の読み過ぎだ。そもそも全て強制労働ならば16万基も出来ないだろう。色々調べてみると、大型古墳建設にはピーク時で数千名の人手を要し、期間も10年以上かかったらしい。設計・施工、労務管理、食事供給等を含めシステマティックに運営されていた筈だ。国家統一や技能伝承に向けた公共事業だったという説もある。今度真面目に調べてみよう。
こうしてイマジネーションの翼を広げているうちに、日が暮れてくる。宿に戻って温泉に入り、美味しい食事と地酒を頂く。ああ、幸せな一日だった。難しい事は忘れ、眠りにつく。こんな適当なノリで古墳探訪を楽しむのだ。

(イラスト作成:㈱日本経済研究所/小林典児)

著者プロフィール

塙 賢治 (はなわ けんじ)

一般財団法人日本経済研究所(『日経研月報』編集長)