World View〈アメリカ発〉シリーズ「最新シリコンバレー事情」第11回
CESが映す産業構造の変革と日本の課題 ~ROBOタクシーからの洞察~
2026年4-5月号
今年も予定通り開催されたラスベガスのCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)は、かつて「家電の祭典」として世界中の家電メーカーが最新技術を競い合う場であった。しかし、2020年頃を境にその役割は劇的に変化。いまや中国や韓国の大手メーカーが中心となり、かつて主役だった日本勢の存在感は薄れている。ソニーがブース出展を見送ったことは、一つの時代の終わりを象徴している。

現在のCESは、単なる家電の展示場ではない。AI、ロボティクス、宇宙開発、そして何より「モビリティ」が主役を担う、広範なテクノロジー産業の総合見本市へと変貌した。家電がコモディティ化し、付加価値の源泉が家電を中心した物理的なハードウェアから、それらを制御するソフトウェアやネットワークへと移行したことが背景にある。
特に注目されるのは自動車関連技術である。単なる「ガソリンを電気に置き換える」という動力源の転換ではなく、EVを「SDV(Software Defined Vehicle:ソフトウェアによって定義される車両)」と捉える新たなコンセプトと新市場の創出にある。
EVの本質は、電池とモーターのシンプルな構造にある。これは、かつて液晶テレビがパネルとチューナーさえ調達すれば製造可能になった状況に似ている。ハードウェアの「コモディティ化」が進めば、メーカーは価格競争に巻き込まれ、単体での収益確保は困難になる。液晶テレビや携帯電話で日本の家電メーカーが淘汰された歴史が、残念ながら今、自動車産業でも繰り返されようとしている。
そんな中でSDVの本質は、車を「走るスマートフォン」あるいは「総合プラットフォーム」へと進化させることにある。センサーから得られる膨大な情報をビッグデータとして活用し、AIがリアルタイムで判断を下す。通信インフラと接続された車は、ソフトウェアアップデートで機能を向上され続ける。もはや自動車産業は「製造業」から、半導体、高精度センサー、AIアルゴリズム、通信インフラを統合する「システム産業」へと変貌を遂げているのだ。
その最先端が、自動運転車による無人タクシー「ROBOタクシー」だ。自動車は「所有」から「利用」へと移行し、サービス体験とそれを実現するためのインフラ構築が主戦場となっている。今年のCESにおいても、ROBOタクシー市場を巡る競争の激化が鮮明になった。
・Waymo(ウェイモ):Google傘下の同社は、サンフランシスコでの本格運用に続き、シリコンバレー全域へとサービスエリアを拡大。運転手がいないので気を遣うことなく、その運転能力にも依存しない安定した走行と快適な空間がユーザーから高く評価されており、今年中には、同じシステムで中型バンの導入も検討している。
・Zoox(ズークス):Amazon傘下の同社は、ハンドルやペダルのない革新的な車体設計でも何とか米運輸省の承認を勝ち取り、ラスベガスでの運用を開始。今後は、シリコンバレーに建設中の工場で年間1万台規模の生産体制を構築しつつある。
・Tesla(テスラ):これまでのEV販売実績から得られたデータで独自の運転支援技術を磨いてきたTeslaも、ROBOタクシー参入を正式に表明。年間10万台規模の生産を計画しており、既存の膨大な走行データを武器に市場を席巻する構えだ。
・Uber(ウーバー):自社での開発から一度撤退したものの、高級EVメーカーのLucidと提携。既存の配車プラットフォームを強みに、年内のROBOタクシー運用開始を目指している。
米国市場はこれら4社による市場争いの時代へと突入し、その普及と関連産業の創出は一挙に加速するだろう。
ROBOタクシーの実現には、車体以上に背後のテクノロジーが重要となる。その中核を担うのが、NVIDIAに代表される高性能半導体だ。自動運転車は、LiDARやカメラ、レーダーなどの多数のセンサーから1時間あたり5~20TBという想像を絶する膨大なデータを生成する。これを瞬時に処理するSoC(System on a Chip)と、高度なAI OS(今回NVIDIAがCESで発表したALPAMAYO等)が、自動運転の能力をより通常の運転手レベルへと高めている。
また、測位精度の向上にはGPSを中心とした宇宙インフラも欠かせない。スペースXは自動運転に必要な精密GPS情報や位置情報需要の拡大を背景に、2日に1度という驚異的な頻度で通信衛星を打ち上げている。勿論すべてがその目的ではないが1回の打ち上げで平均300基もの衛星を飛ばしていることは、殆ど知られていないだろう。
さらに、ソフトウェア面では走行データを活用した保険商品(個人の運転データを分析した個人向け自動車保険など)、車内エンタメ、電池データの二次利用など、データを軸にした新たなビジネスモデルが次々と誕生している。テスラが販売した700万台以上の車両から得られる電池データは、将来のEV電池品質向上における巨大な資産となるはずだ。
さて日本市場を見ると、ライドシェアの禁止や、安全性の確保という複雑な規制、タクシー業界の既得権益の保護といった壁に阻まれ、自動運転やシェアリングエコノミーの普及が遅れている。正直なところ、寒冷地でのEVの脆弱性や充電インフラの議論は、もはや論点がずれている。たとえ内燃機関を搭載していても、車両制御がソフトウェア中心になれば、従来の部品メーカーの仕事は消失する。SDV化は動力源に関わらず自動車産業全体を塗り替える不可避の潮流であることを真剣に考えるべきだ。
かつて携帯電話や液晶TV、さらに言えば半導体のメモリー市場で起きた「日系メーカーの消滅」を繰り返してはならない。ハードウェアの品質や安全性に固執し、ソフトウェア市場を見誤れば、日本が誇る基幹産業は崩壊しかねない。ライドシェア解禁や自動運転規制緩和を急ぎ、データ主導の新たなエコシステム構築が急務だ。日本勢の戦略再構築に残された時間に猶予はない。
※アイキャッチ画像は、ROBOタクシー分野での覇権を目指すNVIDIA本社(2026年2月、遠藤氏撮影)。
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