海外の現場から
世界の中心で揺れる海賊旗
2026年4-5月号
ワシントンDCへの赴任間もない昨年10月、駐米日本大使館からの注意喚起がある中、反トランプ政権のデモ、通称「No Kings」抗議デモを見学した。全米では600~700万人が参加したデモであり、日頃静かなワシントンDCでも国会議事堂付近に万単位の群衆が集まっていた。反トランプ政権、反共和党であることに加え、反テック右派の姿勢も明確にしており、現在のアメリカの分断を象徴する光景であった。
その中でひときわ目についたのが、星条旗の横でたなびく黒い海賊旗である(写真1)。しかも、1本や2本ではく、2時間程度のデモの間、何度も遭遇することになった。反権力の象徴として主にZ世代が使用しているとのこと。そう、この旗は日本アニメ「ONE PIECE」でルフィ一派が掲げる海賊旗である。

ことの発端は、2023年のイギリスでのデモともいわれているが、大きく取り上げられたのは、2025年のインドネシアでの大規模暴動のようだ。その後、フィリピン、ネパールなどでのデモで使用され、さらにその動きはヨーロッパにも広がりを見せている(図1)。

典型的な日本人である私の感想は二つ。一つは、日本漫画・アニメの文化がアメリカに浸透していることを純粋に喜ばしく感じたこと。そしてもう一つは、日本漫画・アニメを勝手に政治的に利用することに対して相当に違和感を覚えたことである。日本において漫画やアニメが政治的に利用されるということは、まず聞いたことがない。
ただ、私の驚きはもう少し別のところにある。それは、このデモにおいて、米国旗、トランプ大統領を模した人形、あるいは中東のとある国の国旗などの下ではそれなりに騒々しい様子であるのに対して、海賊旗の周りは妙に静かであったこと。インドネシアやネパールのデモの喧騒には遠く及ばない。ワシントンDCの住人は漫画やアニメに対する造形が意外に深く、Netflixのワンピース実写版もヒットしている。海賊旗の象徴する意味を知らないわけではない。
少し理由を考えてみた。海賊旗は反権力の象徴であり、抵抗する人たちの連帯を表象するものではあるが、それ自体に主義主張がある訳ではない。左右に分裂した主義主張の国アメリカでは、今一つ乗り切れないものもあるということだろうか。あるいは、政権が替われば自分たちの生活が良くなる、という単純な構造ではないことを皆が感じているということだろうか。またあるいは、次の選挙後には自分たち自身が政権の側に回る可能性があるということだろうか。いずれにしても、「反権力」という言葉では十分に現状を表現しきれないのだろう。アメリカにはアメリカの悩みがありそうだ。
「世界政府」の目の前で静かにたなびく海賊旗は、少し行き場を失っているように見える。
コラム 