地域の現場から
神話のくに 山陰
2026年4-5月号
昨年の7月に山陰に赴任してきてから9か月程経つことになります。山陰は、みなさんご存じの通り、数多くの神話の舞台になっています。出雲大社をはじめ、美保神社、八重垣神社、揖夜(いや)神社など、神話に登場する神々などを最初に祀った「オリジナル」の神社が数多くあります。出雲大社は大国主神(おおくにぬしのかみ)をまつる神社で、美保神社は大国主神の息子である事代主神(ことしろぬしのかみ)、八重垣神社は須佐之男命とその妻と言われる櫛名田比売(くしなだひめ)を、揖夜神社は伊弉冉命(いざなみのみこと)をお祀りしているなど、それぞれの神様をご存じの方も多いのではと思います。これらの神社は、神話のストーリーを伝えるシンボルでもあり、実際に現地を訪れることによって、神々の足跡をよりリアルに感じることができます。前任地(且つ、私の出身地)である東北地方にも神社は数多くありますが、山陰地方のように神話の原点となる神社というより、そのオリジナルの神様から分霊して建てられたものが多いように思われ、山陰地方の神社を訪れるたび、神話の世界により身近に触れられる贅沢さを実感しています。


そんな中で、これらの神社の中には、単に神々の栄光をあがめているだけでなく、思うに任せぬ選択を受け入れざるを得なかった神や、苦しみや悲しみ、恨みといった負の感情を抱えた神々に寄り添い、慰める役割を果たしているのではと思われるところが少なからずあるように思います。出雲大社もまさにその一つで、もともと豊芦原の瑞穂の国とよばれる国造りをしていた大国主神は、のちに天照大御神にその国を譲ることとなり、その目に見える現世の政治を天照大御神が司る一方で、目に見えない世界は大国主神が司ることとして、それを執り行うために出雲大社が建立されたと伝えられています。
そうして山陰の神社の由緒をいろいろ調べていくうちに、ふと思い至ったことがあります。それは、もともとかかる悲しみや恨みに寄り添い慰めるといった経緯・由緒がある神社が、年月を経て、今となっては縁結びや恋占い、商売繁盛、芸能上達など、さまざまな、しかもポジティブなご利益があると言われるようにもなっていることです。たとえば出雲大社は、今や「縁結びの神様」としても全国的に有名だと思います。それは、人々が参拝という行為を長い年月をかけ無心に繰り返すことでネガティブな記憶が和らいでいったのか、あるいは理不尽な出来事による辛さややるせなさを乗り越えた神々は、きっと現世の人々の願いや想いを受け止めてくれるに違いない、と信じられるに至ったのか、実際のところはわかりません。それでも、悲しみや苦しみを、ただ避け、封じ込め、蓋をしておくだけではなく、それを受け止め、慰め、そして新たな希望を見出そうとする、人々の心の在り方を垣間見たような気がしています。
山陰はまだまだたくさんの神社があり、この数か月で廻ることができたのはほんの一握りです。せっかくなので、これからもできるだけたくさんの神社を巡り、その由緒や現代に伝わるストーリーに触れてみたいと思っています。
コラム 