『日経研月報』特集より
不確実性が常態化した時代の産業界における変革課題
2026年4-5月号
1. 企業が注力すべき経営課題の整理
過去10年、企業が注力すべきとされてきた主要経営課題を整理しておこう。それは、図1に掲げた通り、デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)、グリーントランスフォーメーション(以下、GX)、サステナビリティトランスフォーメーション(以下、SX)という3つのX(変革)である。

DXはデジタル革命がもたらす社会の変化に適応するために会社を変革することである。GXは脱炭素社会達成のための取り組みにより経済・社会を変革することだ。そして、SXは企業がサステナビリティ(持続可能性)を重視した経営に転換することで、サステナビリティのテーマは、脱炭素などの気候変動対応から循環経済、生物多様性、人権などへと拡大してきている。
企業が世の中の変化に対応して生き残るには、これら3つのXが必要で、これらの変革は、単なる新たなツールの導入や社会貢献活動の実行ではなく、経営戦略と一体化した事業として推進すべきものだという認識が広がってきた。
2. トランプ2.0でもDXやGXの重要性は失われず
こうした中、2025年の第2次トランプ政権の登場で、世界の情勢は一変し、海外市場の不確実性が一段と高まった。政府が資本主義に介入し管理する「国家資本主義」へと米国が傾倒する中、米中摩擦の高まりや地政学リスクへの対応が、企業の投資判断の重要な要素に急浮上してきた。
このように世界のビジネス環境は2年ほど前とは大きく異なる景色になっており、企業が従来からの課題であるDXやGXに悠長に取り組んでいる場合ではなくなったと考える読者がいるかもしれない。だが、これは間違いだ。DXやGXの重要性は、失われるどころか、むしろ増している。
不確実性の高さが常態となった環境下で、企業が投資を成果につなげて競争優位を築くためには、変化に柔軟に適応する力を高める必要がある。世界の大局的変化について継続的に洞察を深められる環境の整備や、地政学的な動きとマクロ経済動向を統合的に分析する取り組みが重要になる。また、不確実性の高さが常態化した時代に対応して、「変化を前提としたサプライチェーン」や「冗長性をもったサプライチェーン」の再構築が求められる。危機対応の経営体制の構築、外部連携による変化適応力の強化などの課題にも取り組む必要がある。
これらの課題の解決は、いずれもDXの推進なしでは実現できない。ここで言うDXの意味は、「単なるデジタル技術の導入」ではない。産業構造や競争原理が変化し、これに適応できなければ事業継続や企業存続が難しくなる。こうした状況を認識し、デジタル技術を活用して、製品・サービス・ビジネスモデルや業務の手順、顧客との関係、企業の文化や風土などを変革することを指す。これは、変化に俊敏に対応できる企業に変わる行動にほかならない。
3. 気候変動対策はスピード調整したが、GXとDXの一体推進は活発
米国のトランプ大統領は、バイデン前政権が進めてきた脱炭素政策を否定し、エネルギー安全保障へ大きく舵を切った。欧州でも、インフレ対策、移民問題、安全保障など目先の優先課題が山積する中、右派勢力の台頭や成長鈍化もあり、脱炭素の経済性が改めて問われるようになった。世界的に厳格な脱炭素政策の推進が難しくなり、気候変動対策はスピード調整の動きがみられる。
こうした中にあっても、多くの国では気候変動対策を産業競争力強化策として推進する姿勢が明確に打ち出されている。これを受けて企業は、脱炭素化の潮流により自社に迫るリスクを克服すると同時に、脱炭素化で新たに生じる事業機会を創出するための変革(すなわちGX)が課題となっている。
GXの取り組みは、多くの場合、デジタル技術を使ったビジネスプロセスの変革を伴うため、DXの取り組みそのものである。例えば、温室効果ガス(以下、GHG)削減の成果を「見える化」し、エビデンスが確保できる形で示す展開、GHG削減のノウハウをソリューションとして外販する展開などは、どれもDXなしでは実行できない。
GXとDXを一体的に推進することにより、環境負荷を低減しながら新たな事業機会を創出するイノベーションを起こして競争優位を築こうとする企業の動きが、今後一段と活発になると予想される。
* * *
ここまでトランプ2.0下の世界においても、DXとGXが企業の重要課題であることを見てきた。SXについても同様である。トランプ政権の影響で、表立ってESGと言わない企業が増えているのは確かであるが、サステナビリティ課題への取り組みを「稼ぐ力」につなげることの重要性は不変だ。
つまり、企業のDX・GX・SXは、標榜して派手にアピールすればよかった時代は去り、それらを重要な経営課題と位置づけて本物の取り組みをしているかどうかが問われる時代になったといえる。
4. AIエージェント時代のDX・人的資本への取り組み
以下では、2026年度に日本企業がDX・GXを推進する上で注目すべきポイントについて取り上げたい。
まず、DXについては、AIエージェント時代における「人とAIの協働」のあり方の検討が産業界の重要テーマに浮上してきた。
2026年は、2025年に社会実装が始まったAIエージェントの普及が本格化する年となる。人間がいなくても判断から実行までを自律的にこなしてくれるAIエージェントが普及すれば、AIの役割はこれまでのような「人間をサポートする便利な道具」の域を超える(表1)。AIは人間の意図をくみ取って、先回りして仕事を進めてくれる「ベテラン秘書」、人間の思考と行動の一部を担う「執事」、タスクを丸ごと任せられる「代理人」のような存在となる。

こうなると、企業において人間が果たすべき役割が変わる。これからは、AIが「デジタル従業員」として職場のチームに加わることを前提に、企業と経営のあり方を変革させ、業務プロセス全体の最適化を図る必要がある。
これまでは職場で道具(AI)を使いながらタスクを実行する「一兵士」だった人間も、これからはAIエージェントという有能なデジタル従業員を率いて目標を達成する「司令官」として働くことを求められる。
つまり、ビジネスパーソンは自分の業務プロセスの中のどの部分を人間がやり、どの部分をAIに任せるかを判断して、「人とAIの協働」のワークフローを適切にデザインする能力が必要になる。部下のいない社員でも、自身の業務を設計して、司令官としてデジタル従業員を使いこなすスキルが求められる。この点を踏まえて、DXの推進体制や人的資本の強化策を変革していくことが企業経営の重要テーマとなる。
5. 競争力を生む「人とAIの協働」の追求
生成AIやAIエージェントの活用によって企業が得られるメリットは、既存の業務をこれまでより短時間でこなせるようになることだけではない。AIの利用が当たり前になる中、これだけでは他社と差がつかない。AI活用による生産性向上によって生まれた時間を使って、人間がこれまでより付加価値の高い業務に従事できることが、競争優位につながる本質的なメリットである。
つまり、人が担ってきた業務をAIに置き換えた後に、人の担当業務が「AIには難しい、人間ならではの能力を発揮できる領域」にシフトできるかどうかが肝になる。それは創造性、感性、批判的思考、信頼関係構築などの領域だ。これこそが競争力を生む「人とAIの協働」の姿といえる。
6. 人的資源を価値創出業務にシフトできるかがカギ
だが、人がより価値の高い仕事にシフトすることは、簡単には実現しない。従業員がAIエージェントを活用して業務効率化に成功し、既存の仕事をこれまでの半分の時間で片づけたとしても、その空いた時間に非生産的で面白くない仕事を追加的に入れられてしまう場合には、より価値の高い仕事へのシフトは起こらず、従業員のやる気も低下してしまう。AIで業務を効率化しても、「労働強化」につながるだけで、自分にはメリットがないとわかれば、AI活用に消極的になるだろう。
人の仕事を「人間固有の資質を発揮して行う価値創出業務」へとシフトさせるためには、人間の創造性を重視し、新しい挑戦を奨励する組織文化の醸成と評価制度の整備に取り組む必要がある。また、「AIに仕事を奪われる」といった不安を従業員が抱えていては、協働は進まない。「AIは人間を代替するものではなく、人間の可能性を広げるもの」というメッセージを発信し、「デジタル従業員」を「チームメート」として迎え入れる環境づくりも必要だ。
7. 日本のGX政策と企業の針路
GXに話を移そう。日本政府は企業のGX推進を促す「アメ」の政策として、GX経済移行債により、今後10年間で20兆円の先行投資支援を行うことを2023年2月に決定した。同時に企業にとって新たなコスト負担になる「ムチ」として、カーボンプライシングを「①排出量取引制度」と「②化石燃料賦課金」の2つの制度で段階的に導入することを決めた(注1)。
さらに2025年2月、GX投資の中長期的な方向性を示す「GX2040ビジョン」が閣議決定された。同ビジョンにおいては、市場原理だけではカーボンニュートラルの実現が難しいことを踏まえ、GX価値を見える化することにより、環境価値が高い製品(「GX製品」)の民間企業の調達促進などの需要喚起を図ることが記載された。
これを受け、経済産業省はGX製品が正当に評価され、選好される市場の創出を促すために、製品のGX価値を評価する新たな2つの指標(削減実績量と削減貢献量)の導入を決めた。
これまで環境配慮型製品は、製品そのものの排出量(カーボンフットプリント:CFP)で評価されることが多かったが、一足飛びに排出量をゼロにすることは難しい。そこで、CFPという絶対的な排出量だけではなく、削減に向けた「努力の量(削減実績量)」や、「社会への貢献量(削減貢献量)」といった指標も使ってGX価値を評価することで、企業の脱炭素投資を後押しすることを狙った政策である(図2)。

政府によるトップダウンの政策と並行して、グローバルな産業界の潮流としてもサプライチェーン全体での脱炭素化の要請が強まっていることが変革のドライバーとなっている。カーボンニュートラル宣言を行ったサプライチェーンの川下企業が、川上企業にGHG排出量削減を求める動きが広がっている。情報開示要請が強まっていることも、この動きを後押ししている(注2)。
脱炭素に対応できない企業は、取引先として選ばれなくなる時代が迫ってきた。企業は、自社がグローバルなサプライチェーンの一部であることを認識し、自社の排出量削減努力を行うと同時に、顧客が何を求めているか、サプライチェーン全体での価値創造にどんな貢献ができるかを考えて、GXを事業機会に変える取り組みに注力する必要がある。
今後、企業の製品は環境価値という新たなものさしで評価されるようになる。この新しい市場で勝者になるためには、自社の製品が持つ削減実績量や削減貢献量を客観的なデータに基づいて定量化し、それを顧客や社会に対して説得力を持って訴求していく必要がある。また、GX製品市場における取り組みを、補助金がなくなれば成立しない一時的なビジネスとして捉えるのではなく、自走できる持続可能なビジネスモデルの確立を目指すことも重要だ。
8. トランプ2.0時代のGXビジネス ― 中国企業への対抗策が最大の課題
トランプ2.0時代に、日本企業がGXの推進により事業拡大や競争力強化を目指す際に、最大のライバルとなるのは中国企業である。
米国の制裁を受けた中国は、脱炭素関連を含む先端技術分野において政府主導で自主開発と国産化に注力して成果をあげている。技術優位に支えられた中国企業の巨大な供給力と中国国内の内需不振を背景として、中国の過剰生産と「デフレ輸出」の拡大が日本を含む西側諸国の産業にとって深刻な脅威となっている。
欧米を中心に、カーボンニュートラルに向けた取り組みにスピード調整が見られる中で、中国では脱炭素に向けた技術開発や社会実装の歩みが止まっていない。脱炭素へのエネルギー転換分野で、中国が新興国市場にアプローチし、中国製の脱炭素技術が低価格を武器に市場を席捲する展開が随所で見られる。
トランプ大統領が高関税を発動する中、日本企業が欧州や新興国市場向けにGX製品の輸出を拡大しようとしても、そこには安価で高品質の中国製品が大量に流入しており、日本企業がシェアを維持・拡大するのは容易ではない。
国家ぐるみで技術力・価格競争力の強化を進めて、GX関連ビジネスの勝者になることを目指している中国企業に対抗して、日本企業が競争優位を確保できる戦略を立案・実行することが喫緊の課題となっている。
国際情勢を専門とする米調査会社ユーラシア・グループは、「2026年の世界の10大リスク」の第2位に「『電気国家』中国」、第7位に「中国のデフレ」を挙げている(注3)。その上で、日本に与える影響としては、「中国のデフレ」が最も重要なリスクで、中国は2025年よりもさらに大規模に安価な製品を輸出し、東南アジアなどで日本製品のシェアを奪う恐れがあると指摘している。
9. 地政学・地経学的変化を踏まえて企業が取るべき対応
政府の総合経済対策(2025年11月21日閣議決定)や第221回国会における高市総理大臣の施政方針演説(2026年2月20日)を読み解けば、危機管理が「コスト」ではなく「国力形成の投資」とみなされ、経済安全保障が国家戦略の中核に据えられている。国の産業政策・成長戦略の重要な柱として、経済安全保障、エネルギー・資源安全保障の強化が位置づけられたことが特筆すべき点である。「産業競争力強化」と「経済安全保障・エネルギー・資源安全保障の強化」の同時実現が可能な領域で成長投資を行うことが重要で、それに向けたDX・GXの推進が必須であるという建て付けになっている。脱炭素については、単なる理念や環境政策ではなく、供給力および産業競争力の強化策として再定義する方向性が読みとれる。
安全保障強化の潮流に派生する関連政策は、企業にとって手足を縛る規制になりうると同時に、新たな投資や共同開発の機会にもなる(注4)。企業は、経済安全保障・エネルギー・資源安全保障強化の領域で「稼ぐ力」を構築するためのDX・GX推進を自社の成長戦略に盛り込むべきであろう。
昨今の地政学・地経学的変化を踏まえて、日本企業はどう対応すべきか。各論はいろいろあろうが、総論としては前述したように、変化に俊敏に対応できる企業に変わるために、DXやGXを本気で進めることが本筋といえる。
その際、「どの国・地域、市場、分野に重点を置くか」、「自社の強みをどのように再定義し、それを基盤にどうやって競争優位を築くか」などの点を、これまで以上に明確にした戦略を策定・実行することが重要になる。
【参考文献】
・城田真琴『AIエージェント』日本経済新聞出版、2025年
・田原眞一『脱炭素時代の経営戦略 GX人材育成』日本経済新聞出版、2026年
・ユーラシア・グループ「2026年世界10大リスク」、同「2026年世界10大リスク 日本への影響」(2026年1月5日)
・増田貴司「日本企業のDXの現状と進むべき方向性」(東レ経営研究所『経営センサー』2026年1・2月号)
(注1)①は2026年度から年間直接排出量10万トン以上の企業を対象に義務化される。②は2028年度からの導入が予定される。
(注2)2027年から始まる我が国の有価証券報告書におけるサステナビリティ情報開示では、スコープ1、スコープ2、スコープ3それぞれの排出量の開示が義務化される。
(注3)中国が21世紀の経済を定義する技術「電気スタック(electric stack)」を掌握し、EV、蓄電池、AIなどの過剰生産の手を休めないことを指す。
(注4)高市政権下で、民間と軍事の両方に利用できるデュアルユース技術への投資によって防衛力強化と経済成長とを両立させる方針が明確になってきた。今後、国内の幅広い産業分野でデュアルユース技術の活用が重要なテーマになると考えられる。
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