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24年選挙にみるインドネシア民主制の行方

2024年4-5月号

白石 隆 (しらいし たかし)

2月中旬、インドネシアで大統領選挙と国会議員選挙が実施された。大統領選挙では2月末時点で、国防大臣プラボウォ・スビアントとジョコ・ウィドド現大統領の長男で中部ジャワの旧王都スラカルタ(ソロ)の市長を務めるギブラン・ラカブミン・ラカを大統領、副大統領候補とするチームが得票率59%で当選確実となっている。
一方、国会議員選挙は2019-24年議会とそれほど違わない勢力配置となりそうである。つまり、初代大統領スカルノの長女で元大統領のメガワティを党首とし、ガンジャール・プラノウォを大統領候補に担いだ民主党闘争派(PDI-P)が16.3%、ブラボウォを大統領候補としたゴルカル党(Partai Golkar)とプラボウォが総裁のグリンドラ(Gerindra、大インドネシア運動)が各14.5%、13.5%を得て第1~3党となり、これにアブドゥルラフマン・ワヒッド元大統領が創設した民族覚醒党(PKB)、アニス・バスウェダンを大統領に担いだ国民民主党(Nasdem)とイスラム主義の福祉正義党(PKS)、プラボウォを支持したユドヨノ前大統領創設の民主主義者党(Partai Demokrat)と国民信託党(PAN)が得票率10.7%、10%、8.4%、7.6%、7.1%で続いている。なお、「大統領の党」として、ジョコウィの次男のカエサンを党首に選挙戦を戦ったインドネシア連帯党(PSI)は得票率2.8%、議会に代表を送りこむための要件である得票率4%を満たせなかった。
今回の大統領選挙では、立候補要件「40歳以上」とする選挙法規定について憲法裁判所が違憲判決を出し、36歳のギブランの副大統領立候補が可能となった。この判断は、憲法裁判所の審理で現大統領の妹婿のアンワル・ウスマン長官が不正を働いたとされたこともあって、その公正性と透明性に深刻な疑義が持たれている。また、大統領は昨年半ば以降、国軍、警察幹部人事において、国軍司令官、地域軍管区司令官、州警察長官などに自らと親しい将校、警察幹部を任命し、大統領選挙ではこれら幹部が大統領の意を体して介入した。現行憲法はスハルト時代のような長期独裁政権を許さないことを大きな目的として、数次に渡る改正の末に成立したものである。これを考えると、現職の大統領が自分の息子を次の次の大統領にしようと画策し、憲法裁判所の判断と大統領選挙に介入したことは、憲法の精神を裏切るものと言える。
では、これからの政治経済動向を理解する上で、何に注目しておけばよいか。インドネシアの一人当たり実質所得は14-23年の10年間で30.4%伸びた。これは生活水準の向上が実感できるだけの所得の伸びである。現大統領が高い支持率を享受し、現政権との「継続」を訴えたプラボウォが大統領選挙に勝利した一つの理由もここにある。しかし、これは将来の生活水準向上について国民が大きな期待を持っていることでもある。これから5年、次期政権がこの期待に応えられなければ、政治は不安定化する。
プラボウォはインフラ整備、新首都建設、ニッケルほかの資源の「下流化」等、現政権からの政策継承を公約している。しかし、資源「下流化」戦略には技術革新のリスクがある。国有企業財務は大規模インフラ整備と財政出動で相当痛んでいる。プロボウォの防衛装備購入はこれまでスリ・ムルヤニ財務大臣の抵抗で阻止されてきたが、大統領になれば、歯止めはおそらく効かなくなる。
もう一つ注目すべきは軍との関係である。プラボウォは陸軍特殊部隊の現役、退役将校と密接な関係を持ち、軍内事情もよくわかっている。現大統領以上に軍、警察、情報機関人事に介入する可能性が大きい。こういう人事介入は結局のところ、軍の政治化と危機の際の軍の政治介入をもたらすことが多い。1999年以来の選挙民主主義がすぐにも崩壊するとは思わない。しかし、将来、24年選挙がインドネシア民主制の転換点だったとされる可能性も小さくはないと思う。

著者プロフィール

白石 隆 (しらいし たかし)

1950年愛媛県生まれ。1979年東京大学助教授、1986年コーネル大学准教授・教授、1997年京都大学教授、2005年政策研究大学院大学教授(~2009年)、2007年JETROアジア経済研究所長(~2018年)、2009年総合科学技術会議議員(~2012年)、2011年政策研究大学院大学学長、2017年立命館大学特別教授を経て、2018年から2024年3月まで熊本県立大学理事長を務める。2007年紫綬褒章受章、2016年文化功労者。