『日経研月報』特集より

DBJ健康経営格付融資の考え方と活用事例について

2023年1-2月号

楠畑 篤志 (くすばた あつし)

株式会社日本政策投資銀行サステナブルソリューション部 次長

1. はじめに:DBJサステナビリティ評価認証融資について

(株)日本政策投資銀行(以下、DBJ)が手掛けるDBJサステナビリティ評価認証融資とは、DBJが独自に開発したスクリーニングシステムによって、企業の非財務情報を評価して優れた企業を選定、企業との対話を通じて非財務情報を企業価値に反映させることで、サステナブルな活動に取り組む企業が金融市場やステークホルダーから正当に評価されることを目指すプログラムである。また、企業のサステナブルな経営に関して、多面的かつ客観的な評価を行うことにより、企業の実効的なPDCA運用に貢献することも目的としている。
DBJは2003年10月、国連環境計画(UNEP)とともに、アジア初開催となる「金融と環境に関する国際会議」を東京にて共催し、かかる会議においては東京原則が採択された。その原則事項の一つが「環境に資する金融商品の開発」であり、DBJはこれを具現化する金融商品として、2004年に「DBJ環境格付融資」を開発した。以後、社会課題に対する金融面からのアプローチを発展させるべく、2006年からは「DBJ BCM格付融資」、2012年からは「DBJ 健康経営格付融資」をそれぞれ開発し、以後、改良を繰り返しながらプログラムを高度化してきた(図1)。
本稿では、DBJ健康経営格付融資について、プログラムの内容や考え方、活用事例等を紹介する。

2. DBJ健康経営格付融資とは

DBJ健康経営格付は、上記の通り、3つからなるDBJサステナビリティ評価認証融資の一つのプログラムとして2012年度に取り扱いを開始した。
プログラムを開発した目的は、従業員の心身の健康維持・増進と企業成長の同時実現を目指し、従業員の健康や組織の活性化、さらには持続可能な企業や社会づくりを促進させることであり、その背景として、従業員の高齢化や増え続ける精神疾病起因の労災件数を受けてストレスチェック制度が検討・導入されるなど、従業員の健康への注目が高まっていた社会情勢が挙げられる。
DBJ健康経営格付融資は従業員の心身の健康維持・増進等に資する非財務の取組みを評点として可視化する(開示する評価カテゴリーは3段階(図2)ながら、利用企業には具体的な得点を提示)点で世界発の融資メニューであり、その実績は着実に積みあがっており、2021年度末時点の累計件数は252件、累計融資は3,320億円に達している(図3)。

3. DBJ健康経営格付に係る評価の視点

(1)DBJが考える健康経営のポイント

まず、DBJとしては、健康経営の推進にあたって、主に以下を重要な要素として考えている。
健康経営の取組みの意義や目指すべきゴールの明確化

▪経営層が、健康経営の取組みの意義や目指すべきゴールを社内外に発信することによって、経営層と現場従業員が共通の理解を形成しているか。

統括的な視点で進めるための、専門部署を中心とした組織体制の構築

▪経営層の責任のもと、専門部署を中心としながら、組織横断的な推進体制を構築しているか。また、医療専門職や保険者と連携し、課題や施策に関する検討・検証を行っているか。

各種健康データの属性別・経年分析を通じた健康リスクや課題の把握

▪各種健康データの属性別や経年分析を行い、組織的な健康リスクや課題の把握を行っているか。

課題に対する施策の実施及び効果測定(継続的なPDCAサイクルの構築)

▪特定した課題に対し、効果的な施策を立案し、効果測定を行うための数値目標を設定しているか。

健康経営を社内に普及・浸透させるための仕組みづくり、施策の検討・アップデート

▪従業員の変化するニーズを踏まえた施策の検討またはアップデートが為されるとともに、健康経営の活動を普及・浸透させる仕組みが構築されているか。

健康経営を通じた企業価値の向上及び社会の健康増進に対する貢献

▪企業価値の向上を企図した健康経営に関する取組みと、その積極的な情報発信が為されているか。また、自社にとどまらず、社会の健康増進に貢献しているか。

以上を要すれば、健康経営のゴール定義、実現に向けたガバナンス、分析に基づいた目標設定と課題の把握、対応するPDCA体制、そして企業価値ひいては社会との接続、となる。

(2)スクリーニングシートの構成

評価にあたっては、DBJが独自に開発した約80問から成るスクリーニングシートを用いるが、スクリーニングシートを貫く軸となる要素は前述の3.(1)の通りである。
設問構成上の観点から、最新のスクリーニングシートは「健康経営推進体制」、「健康経営施策」及び「エンゲージメント」の大きく三分野にて整理している(図4)。

理解のために簡便に三分野の視点を抽出すれば、「健康経営推進体制」と「健康経営施策」は従業員の心身の健康づくりを経営上の課題として捉えて取り組むリスクコントロールに重きを置いた視点、「エンゲージメント」は従業員という人的資本を如何に企業価値向上に結びつけているかという機会の視点に着目しているという整理になる。DBJとしては、健康経営の推進にあたってはその統合的なマネジメントを期待している。
なお、DBJ健康経営格付は、国内外の動向や専門家(図5)の意見を踏まえ、毎年度、評価視点及びスクリーニングシートを見直している。この点において、プログラム立ち上げ当初は主として「健康経営推進体制」と「健康経営施策」、中でもリスクマネジメントの要素が評価の中心であったが、従業員を人件費・労働力と位置付ける「コスト」ではなく、活かすための「投資」として位置付けるべきという、あるべき流れのなかで、評価視点に機会の観点を年々付加してきている点を付言しておきたい。

4. DBJ健康経営格付融資の評価プロセスと、活用事例

評価にあたっては、スクリーニングシートを介して約2時間のヒアリングを実施し、評価・融資後に希望企業に対しては約1時間のフィードバックを実施している。約2時間のヒアリングと聞くとかなり長い印象を持たれるであろうが、非財務に関する取組みやその水準は各社多様に異なるところ(また、その様にあるべきである)、真摯な対話を通じてその取組状況を理解するには必要なプロセスであると考えている。
利用企業側のメリットは大きくは3点を挙げることが出来る。1点目はDBJという第三者により取組みが客観的に見える化・相対化出来ること、2点目はCSR面での社内外へのPR効果、そして3点目はフィードバックを活用出来る点である。特にフィードバックはDBJ健康経営格付の大きな特徴であり、評点の提示や利用企業自身の優れた取組みを採り上げ光をあてるだけではなく、他社好事例の紹介や、心身の健康や働きやすい環境づくりをはじめ企業に期待される非財務項目に関する動向も交えながら更なるレベルアップのための助言も行っている。
以上のメリットを踏まえ、DBJとしては、各社の時宜を捉えた定期的なDBJ健康経営格付のご活用を推奨したい(図6)。健康経営を含めたサステナビリティ関連の動きは極めて速く、また健康経営の取組みはPDCAを回しながらの高度化が効果的であるところ、定期的な情報提供及び診断を通じて各社のお役に立てると考えているためである。

具体的な近時のご活用事例としては、例えば以下の事例が挙げられる。
インフラ企業(A社)
A社は、従業員の心身の健康づくりを同社の企業風土に根付かせる取組みとして進めるなかで、隔年で複数回にわたって当格付を利用し、取組みの進捗と課題を検証している。直近の新中期経営計画においては、健康経営を「ありたい姿を実現するための人材育成」に関する取組みとして一段高位の目標に位置付け、企業価値の向上に向けた経営上の重要な戦略として強力に推進している。
不動産会社(B社)
B社は、健康経営に着手し始めた際に、当格付を一度利用した。一連の評価プロセスを通じて把握した内容も踏まえて、その後、3ヶ年の健康経営活動計画を策定し、組織的かつ本格的な活動を展開した。かかる一連の取組みの検証として、3年目に改めて当格付を利用した。
食品会社(C社)
C社は、健康経営を本格的に推進しており、価値創造に向けた人的資本増強の一つに健康経営を掲げ、エンゲージメント等も高度に推進している。それら取組状況検証の観点から、当格付を毎年度利用している。
上記は一例であるが、共通することは、定期的なDBJ健康経営格付融資の活用をPDCAサイクル構築のための仕組みとして組み込んでいることである。

5. DBJ健康経営格付融資の今後について

サステナビリティ評価認証融資は、財務情報に着目した投融資への偏重やショートターミズムに対するアンチテーゼの考えもあり、非財務情報及び中長期視点に着目したプログラムとして開発された。
サステナビリティ経営は「ありたい姿」を踏まえたバックキャストの視点が肝要であり、昨今、各社が懸命に模索しながら経営のトランスフォームに着手している。斯様な環境下、金融業界にも、どのような企業に資金が行き渡り、どのような社会・世界を実現したいかという、金融側のvisionがこれまで以上に求められる時代になったと考えている(図7)。

かかるなか、DBJ健康経営格付融資においては、2022年度にKPI型のプログラムを立ち上げた。これは、事業戦略と整合する人材戦略における人的資本に関する企業独自のKPIを企業側とDBJ側が合意したうえで、その達成状況と融資条件を連動させるプログラムである。企業をインセンティブ付けし、また融資期間中の対話機会を増やすことで実効性向上を図り、企業及びDBJが共創しながら企業価値を向上させ、ひいては社会の一助になれればというvisionに立脚している(なお、プログラム適用には、DBJが定める各種要件有り)。
DBJ健康経営格付融資は、今後もお客様である各企業との対話を通じ、ともに磨き上げながらより良いプログラムとすることで、お客様並びに社会の役に立てるよう、今後とも模索していきたい。

著者プロフィール

楠畑 篤志 (くすばた あつし)

株式会社日本政策投資銀行サステナブルソリューション部 次長

1980年大阪府出身。株式会社三井住友銀行(2002年入社、法人営業に従事)、オリックス株式会社(2005年入社、不動産関連投融資、プライベートエクイティ業務等に従事)を経て、2012年に株式会社日本政策投資銀行に入社。アセットファイナンス部に於いて不動産関連投融資を担った後、関西支店に於いて鉄道・不動産・宿泊事業者等を担当する都市開発課のチームリーダーを経て、2022年6月より現職。これまでの業務を活かし、サステナブルファイナンス全般の業務推進に取り組む。