IX Academy 2023~産業・技術をつなぎ、豊かな未来を共創する~

2024年2-3月号

岩本 学 (いわもと まなぶ)

一般財団法人日本経済研究所イノベーション創造センター 上席主任研究員/株式会社日本政策投資銀行産業調査部産業調査室 調査役

1. はじめに

フィジカルとデジタルが高度に融合するSociety 5.0時代において、深刻化・複雑化する社会課題を解決するには、AI技術や量子技術などさまざまな革新的技術・サービスの社会実装を進めながら、俯瞰的な視野で新しい社会システムをデザインできる人材の育成が求められます。DBJグループは、未来に向けた新たな取組みとして、国立研究開発法人(以下、国研)、自治体、民間事業者、DBJグループといったさまざまなステークホルダーの若手職員がイノベーションを社会に実装し、社会課題を解決するための思考方法やメソッドをともに学ぶ人材育成プログラム「IX Academy」を立ち上げました。本稿では、IX Academy設立に至った背景やプログラム内容について紹介するとともに、2023年7月から9月にかけて実施したIX Academy 2023の概要を報告します。

2. IX Academy設立の背景

新型コロナウイルスやウクライナ危機に象徴されるように世界は複雑かつ不確実で、将来予測が困難なVUCAの時代に突入しました。人口減少と少子高齢化に苛まれる課題先進国・日本においては今後さまざまな社会課題が顕在化・深刻化し、既存の社会システムが立ち行かなくなる可能性があります。一方でAI技術や量子技術、核融合、ゲノム編集、自動運転、ロボティクス、空飛ぶクルマやドローンなど、成熟度に差はあれ、さまざまなイノベーションが同時多発的に登場しています。情報通信技術の指数関数的な進化やディープテックに対する投資拡大の流れも相まって、これらの先端技術は急速に発展していくことが予想されます。いずれの技術も社会を大きく変える可能性を秘めており大いに期待したいところですが、複雑化する社会課題を単一の技術シーズのみで解決することは不可能です。また既存の社会システムと調和・融合できなければ広く普及することは叶いません。例えば物流業界の課題解決の手段として、ドローンの活用が期待されていますが、同時に自動配送ロボットの実用化やAI・量子コンピュータを用いた配送ルートの最適化なども進められており、また複数の物流事業者による共同配送や貨客混載といった仕組み作りも取り組まれています。持続可能な新しい物流システムを構築するには、対象地域の現在・将来の人口分布や地理的特性、複数の先端技術のロードマップなどを考慮しながら、さまざまな取組みを統合していく俯瞰的な視野や構想力が求められます。
この物流業界の事例からもいえる通り、これからの時代は進化を続ける複数の技術を組み合わせた統合的なソリューションを構想するとともに、先端技術と既存の仕組みが融合した新しい社会システムをデザインしていくことが必要です。このようなシステムの設計を、企業、国、自治体といった単独のプレイヤーだけで行うことは不可能であり、社会を構成する多様なステークホルダーが共同で進める必要があることは言うまでもありません。それでは新たな社会システムを構想し、その実現のために多様な関係者と対話しながら、イノベーションの社会実装と社会課題の解決を主導できる人材をどのようにすれば育成できるでしょうか。
DBJグループは、これまで社会・産業の「結節点・触媒」として豊かな社会の実現のためにさまざまなステークホルダーを「つなぐ」役割を担ってきました。また、人材育成においては、2005年以来、経営論やイノベーティブに思考するための知識・理論を提供する「価値づくり経営研究会」(以下、価値研修)を実施し、延べ678名の方に受講いただきました。社会のあり方が大きく変容するなか、DBJグループの有する「つなぐ」力を発揮することで新しい時代に向けた学びの場を作ることができるのではないかと考え、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(以下、慶應SDM)と連携し、価値研修の後継となるイノベーション人材育成プログラム「IX Academy」を企画しました。インターネットの中核を担う相互接続ポイントであるIX(Internet Exchange)さながらに、さまざまな組織に所属する若手職員が異なる価値観や知見を交差させながら、簡単には解決できない困難な社会課題と向き合い、解決策を求め共創する場を提供します。以降ではIX Academyのプログラム内容について紹介します。

3. IX Academyのプログラム内容

IX Academyは、「システム×デザイン思考」を核として、イノベーションを社会に実装し、社会課題解決に向けて多様なプレイヤーと共創するための思考方法やメソッドを習得することを目指すものです。受講対象は、国研、民間事業者、自治体、金融機関などに所属する若手職員です。
システム×デザイン思考の詳細な説明は本稿では割愛しますが、慶應SDMが独自に開発したイノベーション創出と社会実装のための方法論です。新しい価値を生むアイディアを発想する「デザイン思考」と、システム全体を俯瞰しながらアイディアを社会実装する仕組みを構築する「システム思考」を組み合わせたアプローチで、IX Academyの目的を実現するために有効な手法であると考え、プログラムの中心に据えることとしました。
IX Academyは、一流の講師陣から多岐に亘るトピックスをウェブ講座で学習するインプット編と、ワークショップ形式のアウトプット編から構成されます。座学については効率的にオンデマンドで視聴できるようウェブ配信する一方で、アウトプット編では受講生がリアルに集まることの価値を最大化するため全てワークショップを実施します。ワークショップでは、受講生は慶應SDMのファシリテーションのもと、実際に手を動かしながら、また他の組織からの参加者とディスカッションしながら、システム×デザイン思考の基礎を学んでいきます。基礎が身についたところで、実社会のリアルな課題を題材とし、課題オーナーとも実際に対話をしながら、課題を解決するためのアイディアを生み出し、社会実装に向けたシステムを設計する、そしてそれを実現するシナリオや提言を策定する、というプロセスを実践的に体験します。なお、受講生がウェブ講座を通じて学ぶトピックスやワークショップで議論するテーマは毎年度異なる内容を設定する予定です。
この研修への参加を通じて受講生には以下のようなスキルや考え方が身につくことが期待されます。

✓システム×デザイン思考
✓解くべき課題を設定する力
✓社会・産業の課題を俯瞰的に捉え、構造化する力
✓先端技術やサービスが提供する価値や与える影響を分析する力
✓技術・サービスを社会に実装するための方法論
✓ファシリテーション力・対話力

続いては、2023年7月から9月に開催したIX Academy 2023の概要を紹介します。

4. IX Academy 2023開催概要

初開催となるIX Academy 2023は3か月間のプログラムとして開催しました。受講者数は45名で、国研、自治体、多様な業種の民間事業者、DBJグループの若手職員が参加しました。初年度のテーマは「移動の未来」で、人の移動を取り巻く3つの変革のドライバー(移動課題、移動に関する価値観の変化、新技術・サービスの登場)をウェブ講座で学習しながら、地域の移動課題を議論する全8回のグループワークを繰り返す内容となっています。
ウェブ講座は表1の通り、大きく5つのカテゴリーから構成されます。このうち②と③は2023年度のテーマである「人の移動」と密接に結びついていますが、①④⑤についてはイノベーションに関する思考方法、さまざまな最先端の技術トピックス、社会実装の考え方について幅広く学べる内容となっています。受講生は3か月間のプログラム期間中、毎週約2時間のウェブ講座を視聴し、さまざまな考え方やものの見方を頭にインストールしていきました。

続いてワークショップについてですが、各回のグループワークの内容は表2の通りとなります。最初の2日間をフェーズ1としシステム×デザイン思考の基礎を学び、次の2日間をフェーズ2と位置づけ、つくば市を事例として課題の発見からシステム設計までの一連のプロセスを体験しました。その後フェーズ3となる後半の4日間は実践編として、山梨県と長野県を対象にそれまでに学習した手法を組み合わせ、自分たちの力だけで移動課題の発見・定義・構造化を行い、新しい技術・サービスを用いた課題解決のためのシナリオと提言の策定に取組みます。そして最終日となる9日目には、慶應SDMと受講生に加え、ウェブ講座の講師と受講生の所属組織の関係者が出席し、各チームがフェーズ3で策定したシナリオ・提言のプレゼンテーションを行う最終発表会を開催しました。

最後に受講生からの感想を紹介します。
「限られた時間の中でアイディアを具体化して提言をまとめるプロセスを実践できるため、実務的にも大変参考になった。またウェブ講義の内容も最新かつ最先端のトピックが盛り込まれており刺激を受けた。」
「多様な受講生と一つの目標に向かってチームで取り組み課題解決を図ることができたことは貴重な糧となった。」
「研修への参加を通じて自分の視野の広がりを実感した。今回学んだアプローチは分野を問わず課題へのアプローチの仕方を考えるうえで非常に有用だと感じている。」

5. おわりに

この場を借りて、IX Academyの全体企画とワークショップの運営にご協力いただいた慶應SDMの先生方、さまざまな知見を提供くださったウェブ講師の皆様、そのほか多くの関係者の方々、そしてアカデミーに参加した受講生の皆様に御礼を申し上げます。
IX Academyの企画そのものがDBJグループにとって新しい挑戦となりました。イノベーションの社会実装も社会課題解決も容易に達成できるものではありませんが、このIX Academyを通じてさまざまな関係者との連携のもと、社会・産業の変革をリードし、豊かな未来を築くため行動する人材の育成に貢献できればと考えています。次年度の開催についてもご期待ください。

著者プロフィール

岩本 学 (いわもと まなぶ)

一般財団法人日本経済研究所イノベーション創造センター 上席主任研究員/株式会社日本政策投資銀行産業調査部産業調査室 調査役

2012年日本政策投資銀行入行。企業金融第4部にて国内外のエアライン・リース会社向けの機材ファイナンス業務に従事した後、金融法人部にて地銀連携・地方活性化、アセットファイナンス部にて物流不動産・データセンター向けファイナンス業務を経験。2019年7月より企業金融第2部航空宇宙室にて、航空機関連メーカー向けファイナンス、航空宇宙関連のイノベーション分野、国研連携などを担当。2022年4月より産業調査部に所属し、空飛ぶクルマやドローンの社会実装と産業創造に向けた活動を推進している。2023年1月からは日本経済研究所イノベーション創造センターを兼務し、イノベーション人材を育成する研修プログラム「IX Academy」の企画・運営にも携わる。NEDO次世代エアモビリティの社会実装に向けた実現プロジェクト審査委員・全体アーキテクト検討委員、JAXA航空イノベーションチャレンジ審査委員、リニアやまなしビジョン最先端企業等誘致アドバイザー等を務める。