PPPが必要としている人材とは 第18回 国際PPPフォーラム ―PPPにおける人材育成―報告

2024年4-5月号

根本 祐二 (ねもと ゆうじ)

東洋大学大学院経済学研究科 教授

1. はじめに

東洋大学は、2006年度に世界で初めてのPPP専門の大学院「経済学研究科公民連携専攻」(以下、公民連携専攻)を開設した。以来、毎年その時々のPPPに関するトピックを選んで国際PPPフォーラムを開催してきている。PPPは横断的な概念であり、個別の公共サービスや公共施設整備にとどまらず、まちづくり、防災、SDGsとの関係など多くのテーマがある。第18回目を迎えた2023年10月は「PPPにおける人材育成」と題して、本学白山キャンパス(東京都文京区)にて開催した。コロナ禍以降の定番となっているリモート併用のハイブリッド開催である。この方式により、海外からの参加も可能になった。なお、本稿は、公民連携白書2023-2024「PPPの人材育成」(時事通信出版局)の第I部第1章及び第4章を要約改編したものである。

2. 各地からの事例報告

今回の目玉は、公民連携専攻に入学しPPPに関する知識と人脈を身に着けた院生諸氏が、修了後に各地で展開しているPPPプロジェクトの説明であった。
①岩手県紫波町  鎌田千市氏 「オガール紫波」
②神奈川県三浦市 徳江卓氏  「海業(うみぎょう)」
③三重県桑名市  西田喜久氏 「駅周辺整備」
④広島県廿日市市 星野篤史氏 「まるくる大野」
⑤奈良県広陵町  奥田育裕氏 「中央公民館等再整備」
⑥株式会社長大  加藤聡氏  「フィリピン・ブトゥアン市」
いずれも、大学院在学中に教員の指導を受けながら研究し、修了後は大学と協定などの協力関係を維持して実現させたプロジェクトである。全国的には岩手県紫波町やフィリピン・ブトゥアン市の事例が有名であるが、その他の事例でも、各人が、役所内部、議会・地元住民、そして民間企業との間に立ってプロジェクトマネジメントを行ったものである。
以下、本稿のテーマに関連する部分を抜粋する。

① 岩手県紫波町

  • 大学院では、レモン(地域の資源)をレモネード(市場価値のある商品)にすること、地域全体として30年の長期計画を立てることの重要性を学んだ。
  • その後、町では2年かけて公民連携基本計画を策定し、「都市と農村の暮らしを楽しみながら環境に配慮し町を作る」、「PPPの理念を重視して、個々の手法にはこだわらない」、「町の成長戦略を描く」ことに努めた。
  • また、町が、自分で行うのではなくオガール紫波というPPPエージェントを設立して民間投資を誘導した。それぞれのプロジェクトを進める際には大学院で学んだストラクチャーシートを描いて役割を整理し、プロジェクトが成り立つかを考えることが役場職員の共通言語になった。
  • 大学の調査を受けて事業を実施するためには、公共側がプロセスをデザインするということを考えないといけない。時代に合わなくなった制度は変えていく、組織を変えていく。民間のスピードに合わせて伴走してはじめて信頼関係が生まれる。

② 神奈川県三浦市

  • 三浦は海に面した漁業の町である。東洋大学から提案を受けることになる二町谷(ふたまちや)地区は、もともと水産加工団地として埋め立てた土地であるが、経済環境が変化して企業立地が進まない状況にあった。この活用を考えるために自分が入学し、大学にアドバイスを受けながら、水産加工に限らず海に関連する幅広い用途に活用できるよう「海業(うみぎょう)」というコンセプトを打ち出している。
  • 二町谷地区は、現在民間資本から提案を受けたリゾート開発が進んでおり、浮桟橋、スモールホテル、大規模ホテルという順に2030年ごろまでに全体が完成する予定だ。
  • PPPを進めるには官民の役割分担が重要である。民間はアイデアを実行に変えるが、漁港や海面を利用できる環境は行政が整えなければならない。
  • 在学中に海外の成功事例を視察して大きな衝撃を受けた。こういう経験ができたことも貴重である。

③ 三重県桑名市

  • 図書館PFIを立ち上げたが、その後はPPPを行っておらず、再度考えるために大学院に入学した。
  • 大学院の研究として、鉄道駅で分断されている駅周辺の課題を調査した。駅周辺の区画整理の長期化が予想されたために、一時移転先住宅が必要となるが、これを二段階で募集するという大学からの提案を受けて行った。民間から魅力的な提案があった。
  • こうしたなか、各々で所管していた公共施設マネジメント、行政改革、財政改革を行う部署を集約しスピード感を持って取り組める体制とした。
  • 並行して、民間のスピードに行政も対応していこうということで民間提案の窓口「コラボ・ラボ桑名」を設けた。その結果として、健康増進施設(神馬の湯)と福祉ヴィレッジが整備された。

④ 広島県廿日市市

  • 自分は民間の設計事務所を経て市役所に入庁し、大学院で学んだ。自分の前に二人入学して庁内にPPPを進めようという機運があった。
  • 現在担当している「まるくる大野」は、人口増加傾向にある本市大野地区に分散していた体育館、図書館、市民センターを一棟の建物に複合化し、新たに子育て支援機能などを導入した公共施設である。
  • 基本計画、事業化支援として、東洋大学とアドバイザリー契約を結んだ。東洋大学からは、大野地区は広島市への通勤通学圏でありながら不動産価格が相対的に低いためにファミリー層が増加していてポテンシャルはあること、できるだけ民間の自由度を高めるような工夫が必要であることなどの助言を受けた。
  • この施設は2023年4月に開業したが従来の2倍の方に利用していただいている。
  • 行政では新しいやり方、考え方を試すことができない。それを変えるためには、中堅以上の管理職がPPPを学び引っ張っていくということが大切。

⑤ 奈良県広陵町

  • 内閣府地方創生人材派遣制度によって、当時東洋大学客員教授の中村賢一氏がまちづくり政策監に就任した。その助言を受けて、管理職であった自分が大学院に入学した。
  • 中央公民館は老朽化して耐震性にも懸念があるため、利用者から建て替えの要望が出されていた。また、役場庁舎の老朽化も問題であった。そのため、公共施設マネジメント分野に知見を持つ東洋大学に調査を委託した。その中で実施したアンケートで、現地建替え、現地改修、その他の施設を含めた集約再編の3つの案を提示したところ、集約再編を支持する意見が過半数を占めた。今後、こういう結果を踏まえて、基本方針を決定する見込みである。
  • 大学院で学んだことはPPPとはハードの整備だけではなくソフト面で町の課題を解決していくための幅広い場面で使うことができるということ。一方では、限られた財源で優先順位を付けていくために、地域分析の視点やデジタル化を進めていく必要があることも認識している。

⑥ 株式会社長大

  • 自分は唯一の民間企業、唯一の海外事例という観点で報告する。PPPを推進するという会社の方針で入学した。在学中にフィリピン・ブトゥワン市を対象とする地域再生支援プログラムに参加し、地域が保有する多くの資源を活用した提言を行った。
  • 自社でも積極的に関与し、小水力発電事業、上水供給のコンセッション事業、エビやウナギの養殖事業、稲作・精米等の事業に出資やコンサル契約を結んでいる。また、バイオマス発電、風力発電、太陽光発電、工業団地の整備事業を進めている。
  • 大学という営利企業とは異なる主体の存在は、相手国との協業においてテーブルにつきやすいというアドバンテージを与えてもらった。また、相手自治体のPPPの知識を向上してもらえたことも追い風となった。
  • 当社からは多くの人材を大学院に派遣しているが、大学院で得たものは、地域再生支援プログラムという実学の機会であり、人脈形成が大きいと思う。また、企業では偏ってしまう知識も、大学院で多岐にわたる分野をカバーできたことも大きい。

以上の報告の後、ゲストであるペドロ・ネヴェス氏(国連欧州経済委員会PPP for the SDGsプロジェクトリーダー)から総括コメントをいただいた。

  • PPPの人材育成で必要な内容は、SDGsでも共通である。なぜなら、SDGsもPPPも公共が投資を促進する方法だからである。
  • PPPの人材育成は、従来はあまりうまくいっていない。それは、PPPの方法論や技術論に終始しているからである。実際に地域を知り、地元の人々と話をし、課題を見つけ、何がうまくいっていないかを知ることが重要だ。
  • 私はキャパシティビルディング(capacity building)ではなく、キャパシティインジェクション(capacity injection)が必要だと思う。これは課題を抱えている人と並んで座り、やり方を教えてあげることだ。学修している人が上達したら、アドバイスだけにして自走させる。
  • こうした役割を大学が担うべきだと思うし、東洋大学は実際にそうした活動を行っている。紫波やブトゥアンでの活動は自分も参加して良い方法だということを知っている。
  • 大学は縦割りに陥ることなく、金融、工学、行政経営などに横ぐしを指すことも可能だし、中央政府、地方政府、国際機関などをつなぐこともできる。

各人の指摘を総括すると、PPP人材とは、現場に入り様々な立場の人と知り合い課題解決に貢献していくこと、そのためにそれぞれの立場に耳を傾けるとともに具体的な解決のアイデアを持っていることが重要であるといえよう。

3. 公民連携専攻のコンセプト

さて、筆者がPPPの人材育成にあたって、必要だが難しいと考えている点は2点ある。
1点目はPPPは官と民の連携である。なぜ難しいのか。それは官民の行動原理が全く異なるからである。民のキーワードは「競争」である。競争的な市場で、消費者のニーズがすべて満たされるならば政府は必要なく、したがってPPPも必要とはならない。しかし、消費者にとって必要なサービスでも市場で供給されないものがある。一般道路・橋や、警察・消防などの公共財の供給などは、市場に委ねても供給されない。そこで、政府を創設し公共サービスの提供に必要なルールを法令として制定し、法令の執行に必要な財源を確保するために徴税権や公債発行権を与えた。「公権力」である。「公権力」は官のキーワードになる。
これに対して、PPPのキーワードは、両者を足した「競争+公権力」である。あるサービスの供給にあたって、公権力を持つ政府が供給するのが良いか、民間の一者が政府に代わって供給するのが良いか競争するのである。民が選択された場合は、官は民に当該サービスを生産してもらい、それを購入することになる(「サービス購入」)。公共サービスが競争状態にあれば、その競争に勝とうとする主体が(官も含めて)、質を高め価格を下げようと努力する。
「競争と公権力」の共存は、それまでの官か民かの単純な二分論に終止符を打ったが、もともと競争を旨とする民間人と、公権力を旨とする公務員はなかなか双方の原理を理解することができない。それをつなぐPPPの専門家は、「競争と公権力」の両方の概念に精通している必要があるのである。
2点目が、社会科学と自然科学の融合である。PPPを成功させるには、政治、行政、財政、法律、経済、経営、金融、不動産、環境、防災、土木、都市計画、交通、DX、建築、住宅などの専門知識が必要である。各分野の専門家が集まって調整していく上で問題となるのが、共通言語の不存在である。
図1は、多分野の知識が必要とされるPPPの現状を示している。左右方向に社会科学と自然科学を配置している。また、上下方向には官と民の方向を示している。もちろん、具体的なプロジェクトにはこれ以外にも様々な分野が関係してくるものであり、図1で示しているのは一例に過ぎない。

図1の中の人たちは縦割りの分野のいずれかの専門家である。たとえば、公務員、銀行員、建築士、弁護士などを想定すると良い。PPPの専門家は、PPP共通の考え方やPFI、コンセッションなどの制度手法だけでなく、関係する多くの分野についても一通りの知見を有している必要がある。専門家の意見の意味を理解し、他の専門家に説明し、全体の合意を調整する役割が求められる。縦割りではなく、こうした横断性こそがPPPの専門家の特性なのである。

4. おわりに

PPPは、官と民、社会科学と自然科学の融合にある。縦割りの分野の専門家が一緒に悩み考え、時には対立し時には妥協するという繰り返しが行われる。PPPの専門家の役割は、こうした議論を整理し、地域の関係者の苦労と調整に要する時間を大幅に削減することにある。地域の課題は、人口減少やインフラ老朽化など速やかに解決すべきものであり、スピーディな解決のためにはPPP専門家は不可欠である。東洋大学は、今後もこの役割を担い続ける所存である。

著者プロフィール

根本 祐二 (ねもと ゆうじ)

東洋大学大学院経済学研究科 教授

鹿児島県鹿児島市出身。
鹿児島県立鹿児島中央高等学校卒業後、1974年に東京大学経済学部に入学、卒業後の1978年に日本開発銀行(現:日本政策投資銀行)に入行。鹿児島事務所、大阪支店、プロジェクト・ファイナンス部、経済企画庁調査員、設備投資研究所主任研究員、ブルッキングス研究所(米国)客員研究員、首都圏企画室長、地域企画部長などを経て、2006年4月東洋大学教授に就任。2008年よりPPP研究センター長を兼務。内閣府PPP/PFI推進委員会委員等の公職を歴任。全国の地方自治体の公共施設等総合管理計画の策定と実行を支援している。
専門領域 公共政策、都市開発、地域開発等 
主要著書(共著を含む) 『地域再生に金融を活かす』(2006年、学芸出版社)、『朽ちるインフラ ―忍び寄るもうひとつの危機』(2011年、日本経済新聞出版社)、『「豊かな地域」はどこがちがうのか』(2013年、ちくま新書)、『PPPが日本を再生する』(共編著)(2014年、時事通信出版局)、『インフラ再生戦略 PPP/PFI徹底ガイド』(監修)(2015年、日本経済新聞出版社)、『実践インフラビジネス』(監修)(2019年、日本経済新聞出版社)